第82話 対襲撃者(出オチ)
「つまり、勇者は何か変なものを食べたとか、誰かを想ってるとか、実は別人にすり替わったとかではなく、たんにその本に嵌まっているだけという事か?」
「えぇ、信じられませんけれど、暇な時はずっと読まれてますわ」
最近の勇者の様子に色々とまごまごしていた保護者組が取り敢えずほっと胸を撫で下ろす。
「しかし、あの勇者が本に嵌まるとはな…」
「えぇ、あの子は幼い頃から10秒以上ジッとしてられませんでしたし…」
「それでいいのか子育てした張本人二人」
それこそずっと育ててきた親&保護者としての感想を漏らす暗黒騎士と夫人。
それを冷たい目で横目に見ている女神。
「これ、勇者ちゃんから借りてきましたの」
魔法使いが一冊の本を保護者組の前に差し出す。
「フム…何だこれ…? 全部絵なのか?」
「一応、台詞のようなものも書かれてますね?」
ページを捲ってみた暗黒騎士と夫人はその中身に理解が及ばずに首を傾げる。
「むぅ…このような形の本は初めて見るな…よく分からない」
「ちょっと私も…最近の流行なのかしら?」
数頁捲ってみた後に、結局理解出来ずに本を閉じる。
「まぁ、絵で見せる本のようだからあの勇者も気に入ったのか?
少し我らには理解が及ばないが」
夫人も横で困ったように頷いている。
「それは残念ですわ、この本は敵対し合う国家同士に生まれた二人の男女が結ばれぬ恋の中で共に苦難を乗り越えようとする傑作ですのに…あぁ、あんな所で次巻に続きますなんて…どうなるんですかフェルディナンドは…」
「貴女も嵌まってるじゃないですか」
悩まし気に本の内容を説明して、
最後には感極まって目頭を押さえている魔法使いに呆れる女神。
「若い感性には響くという奴なのかこれは…」
「私もまだ若いつもりなんですけどねぇ…」
それにジェネレーションギャップを受ける保護者達。
「何やってるのだママさん達?」
「ムッ、丁度良い。お主もこれを読んでみよ」
其処に都合よく入ってきた魔族娘に暗黒騎士が本を差し出す。
「え、何? 何の本これ? ……何これ、わざわざ絵にする必要ある?」
「よし、お前はこちら側だ、35歳」
「喧嘩売ってんのか、お前!?」
暗黒騎士と魔族娘が取っ組み合っていると、急に船が大きくぐらつく。
「何だ、我は何もしてないぞ!?」
「わ、私の所為じゃないよね!?」
「アホですか貴方達は! この揺れは外からのものですよ!」
力の加減間違えたかとオロオロしている暗黒騎士達に呆れつつ、
女神が襲撃を伝える。
その言葉に我を取り戻した暗黒騎士達が甲板へ向かおうとするが、それよりも早く隣室の扉が勢いよく開かれた音がし、誰かが船内を駆け抜けていった気配がした。
「……隣室って」
「勇者ちゃんの部屋ですわ」
暗黒騎士達は、この後の惨劇を何となく予感出来てしまった。
甲板には海より飛び出して来た複数の魔族が水夫達に銛を突き付けて威嚇していた。
「ギョギョギョギョ、我らは水の四天王様の直轄部隊!
悪いがこの船の人間はみな」
魚人の魔物が口上を言い切る前に、一陣の風が通り抜け、
「ギョギョ? なんかスース―する?」
自分の身体を覗き見たその魚人は自分の身体が活け造りにされている事に気が付く。
「ギョギョバハァ!?」
理解したと同時に絶命する魚人。
「な、何だ!? 攻撃されているぞ!?」
「新手の能力攻撃か!?」
仲間の突然の死に狼狽えるその他の魚人達。
「フハハハハハハハハハッ!」
マストの先に逆光を背に立つ何者かの姿。
「弱肉強食の獣達でも、殺す事を楽しみとはしない。
悪の道に堕ちた者だけがそれをするのだ。
しかし、貴様らの邪悪の心を天は許しはせぬ!
大いなる天の怒り、人、それを雷という」
「誰だッ!」
逆光の中、勇者が身を乗り出す。
「貴様らに名乗る名前はないッ!!」
マストより飛び降りた勇者がそのまま魚人達を切り伏せていく。
「ギョギョ!? 何だか分からんが強すぎる! 撤退、撤退ギョ!!」
何人かは勇者に立ち向かうも、一撃の下に切り伏せられる為、これ以上の交戦は被害を拡大するだけだと生き残った魚人達は海に飛び込んでいく。
流石の勇者も海の中までは追撃しようとはせずに魔剣を鞘に納めてるが、その顔は取り逃した悔しさではなく達成感に満ち満ちたやり遂げた笑顔が浮かんでいる。
「あれ、何の再現?」
「読んでた冒険活劇だと思いますわ」
両手を高くつき上げてやり切った表情の勇者を指さして暗黒騎士が魔法使いに尋ね、勇者がさっきまで読んでた本の内容を思い出した魔法使いは溜息をついた。
勇者歴15年(冬):勇者、水の四天王軍遊撃隊を撃退する。
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