第83話 新年祝いと水上都市への到着

新年は当初の予定通り海上にて迎えた。

いつもの実家での新年ではなく、宴も細やかなものだったが、

今年に成人を迎える事になる勇者と魔法使いの二人を暗黒騎士達は心から祝福し、

彼女たちもいつもよりはにかんでその言葉を受け止めていた。


「折角だ、一杯だけでもいってみるか?」


暗黒騎士が小さめの杯に酒を注いで勇者に手渡す。


「んもう! 騎士様はすぐにこの子を甘やかそうとするのですから!」

「いや、ですが折角の祝いの席ですし…」

「ハァ…じゃあ一杯だけですよ?」

「え、ほんと!? やったぜ!」


勇者は手渡された杯を一気に呷る(現実での飲酒は二十歳になってから!!)。

そして、そのまま俯せに勢いよく倒れこんだ。


「ゆ、勇者よ!? 大丈夫か!?」


暗黒騎士が慌てて傍に屈みこめば、小さく寝息を立てる声。


「いや、流石に弱すぎでは?」


勇者の意外な弱点と、特に何かがあった事ではない事に安堵しつつ暗黒騎士が抱き起そうとするが、


「Zzzz…」


勇者に指先が触れるか否かで眠っている筈の勇者が暗黒騎士に飛びついて綺麗なアームロックを仕掛けていた。

しかし、その顔は目を瞑ったままで鼻提灯すら吹いている。


「し、師匠!? おい、勇者止めろって!」

「いかん、近寄るなッ!」


慌てて近寄ろうとした剣士を暗黒騎士が止める。


「よもや、ここまで完璧に仕込めているとは我ながら驚いた。

 これは勇者を酔わせたり薬で眠らせたりして卑猥な事を成そうとする者への

 対処として幼き頃より勇者の自衛として鍛え上げておいた。

 名付けて『昏睡時自動防衛術』だ!」


アームロックを決められたままの姿勢で暗黒騎士がドヤる。


「名付けてじゃねーですよ、見境ないただのバーサーカーじゃないですか!

 親馬鹿も大概にしやがれですよ!」


つまり、今の勇者は触れた相手に容赦なく関節技を仕掛けてくるいつも以上のバーサーカー状態の為、逃げる準備を始める女神。


「フッ…下手に動くと狙われるぞ?」

「防衛の域を超えてるじゃねーですか!?」


訂正、ただの無差別関節極めマシーンである。


「コラッ、騎士様にいつまでも酷い事しないの! 寝るならベッドで寝なさい!」


夫人が勇者の頭をペシッと叩き、ベッドを指さすと寝ている筈の勇者もこくりと頷き、フラフラと歩いてベッドへと倒れこんだ。


「おぉ…親は強し…」


夫人の母力で取り敢えずの窮地を脱した一行はその場で脱力するのだった。


そんな散々な新年祝いも終えて数日後、

遂に目的の地である水上都市が視界へと入ってくる。

全長10㎞程もある、その名の通り海洋上に浮かぶ都市であり、長い年月をかけて建築されてきた歴史ある独立都市である。

元々は海運業を営む者たちが休憩点として、魔導技術を基に作った小さな拠点が年月を経て、様々な人が行き交う内に徐々に拡大されていき、

やがては一つの国家ともいえる規模にまで発展を遂げたのが今の水上都市である。


「わぁー、でっかー!」


聖都は勿論水上都市よりも大きな都市であったが、聖都の厳かな街並みとは違い、貧富そして人種を問わず、様々な文化や歴史を飲み込んで発展している為、

雑多でいて、それでも随所に見える技術レベルの高さが伺える街並みが見える。


「すげぇな、他じゃ見れない魔導技術の宝庫とも聞いてたが…」


接舷しようとしている港にすら、使用用途のよく分からない鋼鉄の塔が建っていたりと剣士も驚きを隠せない。


「他で実装しようにも設備が高すぎて無理らしいですわよ?」


噂で聞いていた程度の知識しか持たない魔法使いでも、水上都市の発展ぶりがここまでとは思ってもいなかった。


「う~ん、ここにあの本の作者の人達もいるんだよね! 新刊置いてあるかな?」


一方、別な事に思いを馳せる勇者もいたりする。

こうして、勇者達の水上都市での出会いと奇妙な事件の初日が幕を開けるのだった。


勇者歴16年(冬):勇者、水上都市に到着する。

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