第81話 勇者と不思議な本

水上都市への移動手段である船の手配は以前の占拠された砦の解放で縁の出来た王国と、聖女率いる教会が快く引き受けてくれた為、

予想よりも早く準備する事が出来た。

そうして勇者一行と保護者達を乗せた船は水上都市へと向けて出港した。

勇者達の住む小国から水上都市までは約1か月近い航路を要所要所で補給の為に寄港しながらゆっくりと進む事になる。

初めの1週間ほどは初めての船旅に勇者は興奮しきりで海に飛び込まんばかりの勢いだった為、暗黒騎士達を戦々恐々とさせたり、

魔法使いと魔族娘は慣れぬ船旅にすぐに船酔いし、海を色々汚してしまったりと騒がしかった。

しかし、それも2週目くらいには、


「あきた」


という、勇者の身も蓋もない一言に集約されてしまっていた。

今では次に寄港する港の事だけを考えて船室でダラダラしている状態に陥っていた。

船酔いにも慣れてきた魔法使いは日がな一日書物を読み耽り、

暗黒騎士や剣士は看板上で腕立てなどの肉体鍛錬、

魔族娘もそれに付き合ったり、マスト上に登ってバランス感覚を鍛えたりしていた。

勇者もそれらの暇つぶしに合わせてはいたが、どうしても納得いかない事が一つあったのである。


「おじさまたちだけず~る~い~」

「うっ…そ、そうは言ってもだな…」

「おじさま達だけは夜もお酒で楽しそうにして~!」


暗黒騎士や夫人の保護者組は夜になると船室で酒を飲みながら談笑をしている。

勇者も飲んでみたいとは以前から言っているが、夫人からまだ未成年な事を理由に断られ続けていた。


「ダメですよ、次のお誕生日までは許しません!」


少し厳しめの夫人からのお叱りで、

勇者はふくれっ面のまま自分のベッドに飛び込む。

こんなやり取りだけは飽きずに何度も続けていた。


「要は退屈なのがいけないのでしょう?

 でしたら、次の寄港先で私と一緒に珍しい本を探してみませんこと?」


魔法使いからそんな提案があったのが、

出港から3週目に入ろうとしていた頃だった。


「本か~」


渋そうな顔をする勇者。

勉強が苦手な訳ではないが、ジッとしているのが性に合わないので読書はあまり好きではない。


「物は試しですわよ? どうせ日程は変わらないのですし」


そうして、補給の為に寄港した港町で魔法使いと一緒に街へと繰り出してみる勇者。

すぐに話を忘れて食品市場へと駆け出そうとするも、

そこは付き合いの長い魔法使いにしっかりと手綱を握られて書店へと連行される。

魔法使いは歴史書や魔術教本の類を漁っており、

勇者も最初は適当に棚を眺めて目についた本を開いてみては「うへぇ」と呟いて棚に戻したりしていた。


「お嬢ちゃんは読書が嫌いかい? だったら面白いものがあるよ」


書店の主はそんな勇者の態度にも穏やかな表情で相手をし、

一冊の本を勇者に手渡す。


「う~ん…でもなぁ…」


最初は渋っていた勇者が本を開くと無言になり、

そのままぺらぺらと夢中でページを捲っていく。

その珍しい光景に驚いた魔法使いが勇者の読んでいる本を覗き込むと、


「何ですの、これ? 絵画…いえ、絵物語とでもいうのですの?」


本の頁は一面が絵で埋められている。

しかし、描かれている人物達の横に言葉が書き込まれており、

まるで話をしているかのような印象を読み手に与える。

人物の細やかな動きなども区切って描かれており、躍動感を与えている。

分かりやすく言えば、『漫画』である。

そういう概念がまだ浸透していないので、区分けの無い本なのだけれど。


「それはね、水上都市で一部の作家や絵師が協力して作っている本だよ」

「へぇ、こういうのが向こうでは流行ってらして?」

「流行ってはいないみたいだけどね。

 作成に手間がかかるし、刷れば刷るほど赤字じゃないかな?

 児童用として数冊だけ置いてみてるけど、うちでも全然売れてないしね。

 でも、面白い試みだとは僕も思うよ」


店主が魔法使いの質問に苦笑しつつ答える。


「おじさん、置いてあるやつ取り敢えず全部頂戴!」


本から顔を上げた勇者が瞳を輝かせ、鼻息荒く店主へ詰め寄る。


「えぇ、いいのかい!? うちとしては大助かりだけど、そこそこ値が張るよ?」

「平気! こう見えてお小遣い結構あるから!」


自分の財布から不死王討伐などで得た金銭を店主に見せる。

普通の少女が持つような金額ではないが、お忍びの貴族か何かなのだろうと店主は判断し、それ以上は追及せずに要求通りに店内にあるその本を纏めて包んでいく。

勇者はそれを受け取ると満面の笑みで船の方へと戻ろうとする。


「あら、市場の方には行かれませんの?」


どうせ、この後は付き合う事になるだろうと思っていた魔法使いも度肝を抜かれる。

あの勇者が食い気以上に優先する事があるとは思ってもいなかった。


「うん、取り敢えず続き読みたいから先戻ってるね!」


そのまま駆け出していく勇者を誘った本人である魔法使いが呆然と見送っていた。

それから数日間、何をしていても上の空ですぐに自室に引きこもる勇者に暗黒騎士達保護者組が「思春期!?それとも出会いがあった!?」と大慌てする事になるのだった。


勇者歴15年(冬):勇者、漫画に嵌まる。

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