第79話 新たなる目標、目指すは水上都市

聖都奪還から一月。

復興中の大教会では再建中の女神像の顔が魔法使いのものにすげ替わっているなどの些細な問題があったが(女神は大いにキレた)、

その後の魔族の侵攻の気配も無かった為、勇者一行は嘆き悲しむ聖女に別れを告げて一旦故郷へと戻っていた。


「さて、次はどこに行こうかな~」


最初の目標である聖都の異変は解決した。

そうなると今度は次の目的が見当たらなくなってしまった。


「勇者よ何を言っているのです、

 こういう時はちゃっちゃと魔界に殴り込みですよ!」

「阿呆か貴様は、いくら戦争中とはいえ魔王軍とは兵力に違いがあり過ぎるわ」


シャドーボクシングをしながら煽る女神に呆れ果てる暗黒騎士。

4対百万を越える軍勢ではそもそも勝負にもならない。


「それはこう…『其方こそ古今東西に敵うものおらぬ無双よ!』みたいな感じで」

「流石に夢を見過ぎだ、我でも出来ぬはそんな事は」


なお、100人位までなら余裕の模様。


「結局の所は地盤を固めていくしかあるまい、かといって今は教会くらいしか繋がりはないがな」

「そ~なんだよね~」


教会というコネはあれど、宗教に距離を置く勢力は多い。

あまりにも近寄り過ぎると乗っ取られかねないからだ。

詰まる所は打つ手がなく、こうして実家でだらけていた。

そんなところへ夫人が家へと買い物袋を提げて帰ってくるが、その表情は暗い。


「どうしました、夫人? 何かよからぬ事が?」

「いえ、そんな大それたことではないんですけれど…お野菜が高くて」

「あれ、また値段上がっちゃったの?」


勇者の言葉に夫人も頷く。

漁村という立地上、この村の周辺は潮風によりあまり作物が育たない。

その為、野菜などは内陸部からの仕入れ頼りになっているのだが、

最近はそういった品の値段がどんどんと上がってきているのだ。


「あー、陰険な精霊王のやりそうな手だな。通商破壊か」

「つーしょーはかい?」

「要は商船なんかを襲って物が入らなくしてるっていう事」

「なるほど…てぇへんだ、そりゃ!」


魔族娘の説明に勇者が怒りを表す。


「最近はあんまりお肉が食べれなくなってきてたのも魔王軍の所為か、許すまじ!」


基本的に色んな事にサッパリしている勇者だが、食への恨みだけは深い。

以前、剣士がから揚げを一つ勇者の皿からつまみ食いした際はその次の稽古の日にありとあらゆる手段を用いて剣士を完膚なきまでに叩きのめした。

その光景を一部始終眺めていた暗黒騎士曰く、「ただの稽古で事前に落とし穴掘った上に朝食に毒盛って腹痛起こしてる兄弟子を首から下まで埋めた上で一晩放置する鬼の所業」と声を震わせていた。


「で、そのつーしょーはかいってどうやって止めればいいの?」

「それが中々分からないから難しいのよ」


首を傾げる勇者に魔族娘は溜息をつく。

基本的に、その手の作戦を行っているものは遊撃軍な事が多い。

その為、拠点を探し出して叩く事は至難の業だ。


「まぁ、こういう時は情報を集めない事には何ともならないと思うわよ。

 でもこんな片田舎じゃ、到底無理だろうけど…」

「そっか、じゃあ集まる場所に行こう!」

「簡単に言うけどねぇ…」

「あら、じゃあ水上都市じゃないかしら?」


二人の会話に割って入ったのは意外な人物、夫人である。


「貴方のお父さんと若い頃に新婚旅行で一度行ったっきりだけれど、貿易の拠点って言われてる大きな街よ。あそこは他にも見どころがあってね」


懐かしそうに夫人が頬に手を当てて回想する。

新婚旅行と聞いてちょっと複雑な表情の暗黒騎士。

実の父親の記憶はないのであまり実感の湧かない勇者。


「す、凄い場違いな空気を感じる…!」


それまでの会話と打って変ってちょっとお昼にご婦人が喜びそうな内容の空気に気まずさを魔族娘が覚えていると、


「あっと、いけないいけない。そういう話じゃなかったわよね。

 でも、その手の話が聞きたいならやっぱり水上都市がいいとお母さんは思うわよ?」

「そこって遠いの?」

「船旅になるから、一月とちょっとはかかるわねぇ。

 今からだと新年を迎えちゃいそうね」

「転移石は?」

「お母さん、ちょっとうろ覚えだから自信ないわ、ごめんなさいね?」

「使えないか、じゃあ、船で行くしか無さげだね」


勇者が立ち上がり、玄関へと走っていく。


「私、皆に伝えてくる! あ、今回はお母さんも一緒に来てよ!

 新年を一人で迎えるなんて駄目だもん!」


元気よく家を飛び出していく勇者。


「船旅…か」

「よろしいのですか、夫人?」


船という言葉に表情を曇らせる夫人。

その理由を知っている暗黒騎士が夫人を心配するが、


「えぇ、いつまでも私が引きずっている訳にもいきませんし」


夫人は顔を上げ、しっかりとした目で暗黒騎士に頷きかける。


「だから…気まず過ぎるって…」


一方、全く話が分からない魔族娘は更に気まずくなっていた。


勇者歴15年(冬):勇者一行、水上都市を次の目標とする。

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