第78話 聖都奪還、されど痛手は深く

不死王の消滅、それと同時に主である不死王の制御を離れた不死者達が意思無き屍人グールと化して大教会から溢れ出ようとしていた。


「おいおいおい…! 流石に数が多いぜ、中に居た司祭さんたちは元から全滅してたのかよ! デスウィッチさん、避難はまだ終わらねぇのか!?」

「流石にここで術を解いたりしたら恐慌ものよ?

 自由意思がないから速度の上昇何て望まないで頂戴!」


大教会前にはまだ『反献身アンデビケーション』の制御化に置かれている無関係な民が大勢残っている。

仮にマジカル★デスウィッチが術を解いても、彼女の言う通りに目の前の迫る屍人グールの群れに恐慌を起こして被害が拡大してしまうだけだろう。


「魔女さんの大規模魔術も…まぁ、こんだけ近いと無理だよな」

「そうね、流石にこの距離で広範囲を巻き込むような術は厳しいわ。

 どうしたって周りに被害が出るわね」

「まぁ、そうなりますよね…妹分がやってのけたんだから俺もやるっきゃねぇか!」


剣士が二刀を引き抜き、真剣な面持ちで屍人グールの群れを迎え撃とうとする。


「いいえ、この事態の後始末は私が付けます!」


その時、大教会より声が響き、テラスに一人の女性が歩み出てくる。

不死王の呪縛から解放された聖女は眼下の屍人グール達に目を向け、哀しみの表情を浮かべるが、すぐに気を持ち直し、


「私の所為で皆様をこのような目に合わせてしまいました…この罪は私の生涯の罪。

 されど、皆様の魂に今は安寧を…」


聖女は目を閉じ、両手を組んで祈りを捧げる。


「『神聖浄化ディヴァインエンド』」


聖女を中心に大教会を包むように清らかなる光が天幕の様に降り注ぐ。

光の中に存在していた屍人グール達は敬虔なる信者だった時の穏やかな姿を取り戻しつつ、眠るように活動を停止する。


「わー、すごー!!」

「これが聖女の力…流石ですわね」


聖女の後からテラスへと出てきた勇者達が、次々と浄化されていく屍人グールの光景に感嘆の声を漏らす。


「おっ、全員無事かー? 噛まれたりしてないか?」

「だいじょーぶー! 誰も怪我一つしてないよー!」


足元からの剣士の呼びかけに勇者は笑って手を振って答えている。

その横で祈りを捧げていた聖女がふらつき、床に倒れそうになり、魔族娘が慌ててその身体を支えた。


「ちょっと、大丈夫!?」

「少し…疲れました…申し訳ありません」


長期間の精神支配と、勇者達との戦闘での魔力消費、更に立て続けでの屍人グールの浄化と最早体力的にも精神的にも限界を迎えていた聖女はそのまま気を失ってしまう。


「今は寝かせておいてやろう、女神の奴に寝所の場所を聞いてきてくれ」


暗黒騎士が聖女を抱え上げ、魔族娘はその指示に頷いてテラスから飛び降りて女神の許へ向かっていく。


「…そういえばあの女神、中に入ろうとすらしなかったな…まさかな」


例の結界が張られた後、やけに大人しかった女神に新たな疑惑を持ちつつ、暗黒騎士も聖女を休ませる為に室内へと戻っていった。



それから2日後、聖女が意識を取り戻したと報告を受け、勇者一行は大教会の聖女の間へと通された。


「この度は皆様には本当に多大なご迷惑をお掛け致しました」

「あの…」

「それも全て私の不徳の為す所であり、己の慢心を恥じる次第です」

「もし、聞いてます?」

「つきまして教会としては今回の皆様の活躍をきちんと世間に広めさせて頂きたく」

「ちょっとまずはこの状況について説明してくださいまし!」


聖女の間、そこに置かれた椅子に腰かけているのは聖女ではなく魔法使いで、聖女はその両膝にもたれかかる様にして頭を乗せている。


「どうしましたお姉さま? もしかして私が重いですか?」

「いや、そうではなく聖女様は軽い方ですけれど…お姉さま!?」


聖女の言動に困惑して勇者達の方に助けを求める魔法使い。

さっと視線を避けるその他大勢。


「えぇ、分かっています。 確かに私は今年で20歳。 貴方よりも年上であると…

 ですが、あの不浄なる者から私を解き放ってくれたのは貴女ですわ!

 私にとって敬愛すべき存在である貴女はもう姉と呼ばざるを得ないのです!」

「大丈夫か、この教会?」


頭のおかしい事を声高に叫ぶ聖女を指さしつつ、女神に視線を向ける暗黒騎士。


「私にだって想定外だっていうんですよ、こんなの」


女神も若干やつれた顔で答える。


「さて、話を戻しまして現状を正確にお話ししますと私を除く教会の高位聖職者達は皆あの不浄なる者によって闇に堕とされてしまい、教会としての指揮系統は完全に破綻しております」

「急に真面目になった」

「ここから新たな人選の選出から始め直すとしても長期間の混乱は避けようがありません。残念ながら教会は魔王軍との戦いでは無力化されていると言っても過言ではないでしょう」


聖女の表情は険しい、ただし顔は魔法使いの太ももに埋めている。


「現時点で出来る援助は魔王軍との前線に回復術に長けた者の派遣程度でしょう、しかし、それも今後の司祭の選出との兼ね合いもあるので難しいのですが」

「フム、不死王の奴め。 戦いには負けたが、戦争には勝ったか」

「えぇ、申し訳ございません」


聖女は頭を下げる。

ついでに魔法使いの匂いをそのまま嗅いでいる。


「ところであの完全にキマってるの治るのか?」

「さぁ、エロティック黒魔法って別に予備動作は魔法じゃないし…」


発案者である魔女に尋ねるも、絶望的な答えが返される。


「ひぃぃぃ、太ももを撫で廻さないでくださいましぃ!?」


その後、名残惜しむ聖女から魔法使いを引き剥がすのに小一時間を要した。


勇者歴15年(秋):聖都奪還するも、教会の被害は甚大だった。

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