第75話 豊穣祭・裏

これは豊穣祭が始まる前の夜の話。


「ん~、やっぱり妙な魔力の源は地下ね。

 下水道を利用してるんじゃないかしら?」


地面に手を翳して魔力の流れを探っていたマジカル★デスウィッチが顔を上げる。

傍には暗黒騎士と竜王の二人が周辺を見張っていた。


「そっちはどう?」

『判断は貴方と一緒、何か所かに大きな魔力溜まりが出来てるわ。

 其処がこの魔術式の中継点じゃない?』


マジカル★デスウィッチがこめかみに人差し指を当てて、離れた場所で同じ様に探知している魔女に念話を送る。


「どうする? 一か所ずつ潰していくか?」


二人の様に魔術の扱いが上手ではない竜王が尋ねる。


「駄目駄目、そんな流暢にやってたら伝令飛ばされちゃうわ」

「フム、そうなると…同時に攻めるか」


暗黒騎士の呟きにマジカル★デスウィッチは頷き、竜王は拳を鳴らす。


『もぅ、私抜きで勝手に決めないでよ。まぁ、反対はしないけど』


魔女も念話で話の輪に加わるが、提案に反対はしない。


「さて、久しぶりの共同作戦だ。お主ら全員腕は落ちてないだろうな?」

「ハッ! 誰に言ってやがる!」

「フフッ、じゃあ私も久しぶりに全力出しちゃおっかな!」

『まぁ、私は淫魔の力は使わないけどね。 もう彼専用だから』


この場に居ない魔女の念話に3人は顔を見合わせる。

3人の考えは一緒だ、「そいつ、大変だろうなぁ」と。


「目標までは私の闇術で誘導するから、皆好きにやっちゃって。

 あっ、一人も逃がしちゃダメだゾ!」


可愛いポーズを取りながら物騒な事を云うマジカル★デスウィッチ。

根っこの残虐性は微塵も変わっていない。


「では…散ッ!」


昔の様に暗黒騎士の号令に合わせて彼らは闇の中で散開する。

その日、一夜限りの旧魔王軍の戦いが人知れず再現された。



下水道、結界を管理している不死者の前に暗闇より冥い騎士の姿が目の前に音もなく現れる。


「な、何者!?」


不死王によって眷属にされた僧侶の不死者がメイスを構える。

しかし、


「反応が遅い」


その声は自らのから聞こえてきた。

目の前に騎士の姿はなく、自身の視界も何故か徐々に傾いていく。


「暗黒剣、月影」

「え、あれ…斬ら…れた?」


その事実に気づいた時には、袈裟懸けに両断された自分の下半身を自分で見つめたまま不死である筈の僧侶は動かなくなり、灰へと還っていく。

暗黒騎士は大剣に付いた返り血を振り払い、他の3人の報告を待つ事にした。



「何か、今日は暑いな…」


その不死者もまた眷属にされた哀れな犠牲者の一人であった。

彼もまた結界の維持及び侵入者の排除を偉大なる主より仰せつかり、

陶酔した気持ちで下水道を見張っていたのだが、


「よぉ、お前さんがここの見張りか?」


その作業着を着た巨躯の男は無防備な姿勢でまるで友人にでも会いに来たかのような素振りでこちらへと片手を上げている。

不死者はその侵入者を警戒するが、あまりにも無防備すぎる。

幸い、この日はまだ何の生物からもを摂っていなかった。

侵入者の処遇は一任されている。

彼は舌なめずりするとその巨躯の男へと飛び掛かった。


「あ、あえ?」


しかし、突き立てた筈の牙は、男の首筋の薄皮一枚すら破れずにカチカチと鳴り響いている。 それはまるで鋼鉄にでも噛みついたかのような感覚。


「痒ぃな、おい」


巨躯の男は不死者の顔を掴み、その口の中に自身の両手を突っ込む。


「ひゃ、ひゃめ!」


男が何をしようとしているのか理解して、不死者は哀願するが、


「何言ってるか分かんねぇよ」


炎のような目をした男は獰猛な笑みを浮かべると、その哀れな不死者を縦に割いた。


「それと、放っとくと再生すんだろお前ら? だったらよ」


巨躯の男、竜王が自身の力を数秒だけ解放する。

その瞬間、身体を再生させようとしていた不死者は熱波により瞬時に灰へと変わる。


「うぉ、くっせぇ!! やっぱ下水でやるもんじゃねぇわこれ!!」


竜王は干上がって異臭を立ち昇らせている下水道の中で自身の鼻を摘まんでいた。



「異常なし…と」


その不死者も来るべき日に備えて、結界の維持に全力で尽くしていた。

奇妙な魔力の流れに気づいて地下を調べに来る者は少なからずいる。

そういった輩を彼らは餌にして、同時に眷属を増やしていた。

全ては彼らの偉大なる主の為に。


「全く、匂っちゃってヤァねぇ」


その女は暗闇の中からゆったりとした動作で歩み出てきた。


「ふん、またここを嗅ぎつけてきたものか…だが、残念だったな」


相手からは高い魔力を感じるが、それだけだ。

1人でのこのこと現れた魔術師なぞ彼らの相手ではない。

詠唱の隙なぞ与えずに餌食にしてしまおう。

あぁ、しかし甘美そうな女だ…

きっとその血は甘くて喉を潤すには十分すぎるほどだろうな…

想像するだけで興奮が収まらない、まるでこの女にされているようだ。


「あ~ぁ、こりゃキマっちゃってるわね」


目の前で涎を垂らしながら恍惚の表情を浮かべている不死者の顔の前で手を振ってみる魔女。


「本気出してなくても、耐性の低い奴じゃこんなもんか。

 ふぅ、明日は彼に慰めてもらお。勝手に出ちゃうものは仕方ないし」


自身の身体から立ち上る香のような香りで虜となった不死者を指を鳴らし、

真空の刃でバラバラに切断する。

更に、その身体は中空に集められ極度に圧縮された空気で塵へと変えられる。


「おしまいおしまい、この匂いだけは何とかしたいものねぇ」


魔女は自身が行った所業に一切の関心も見せずに、既に異臭の事だけ考えていた。



その不死者は他の不死者よりは感覚が優れていた。

だから、その時点で気づいてしまった。

もう自分に助かる術はない、と。


「あら、こっちに気づいてるようだけど逃げなかったのね?」


震えから鳴りやまぬ歯の根を響かせている不死者に、

その黒衣の少女はにこやかに微笑みかける。

一見すれば可愛らしいただの笑顔だが、不死者には獰猛な肉食獣のそれに見える。


「アハッ、震えちゃって可愛い…じゃあ、その震えを止めてあげる」


彼女の視線が不死者を射抜き、不死者は何も言えずに首を横に振るが、

背後から現れた無数の骨の腕がその身体を捕らえる。


「た…たすけて…」


不死者へと堕ちて初めて感じる感情、恐怖。

少女はコツコツと音を立てて不死者の前まで歩み、


「ダ~メ♡ 大丈夫、貴方のは私が存分に使ってあげるから」


少女は嗜虐的な笑みを浮かべ、唇を舐めた。

叫びを上げようとしたが無駄で、そのまま不死者は無数の腕によって闇の中へと引きずり込まれていった。


「さってと、じゃあこの式をちょちょいと弄らせてもらおっかな」


この日だけは死霊王として動いた少女は愉快そうに魔術式を触り出した。



それは全て夜が明けるまでのほんの数刻で起きた出来事だった。


勇者歴15年(秋):旧魔王軍幹部、不死者達を圧倒する。

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