第72話 豊穣祭~剣士、魔族娘の場合~
剣士の演目が終わった。
巻き藁を居合で切ったり、二刀による型を応用した剣舞を披露したが、
観客の受けは概ね普通。
腕に自信のある者などは舞台を降りた後の剣士に話しかけたりもしているも、
それも極少数。
「アレだな、地味」
「だから受けないって言ったじゃないっすか」
暗黒騎士達の座る桟敷席にやってきた剣士に率直な感想を述べ、剣士は苦笑する。
2日目からは既に観客モードになっている勇者達も剣士を労うも、地味だった事は否定しないので期待はしてなかったけれどちょっと傷ついたりもしてる。
「さて残ってるのは死霊…いや、マジカル★デスウィッチと魔族娘だけか」
「先にマジカル★デスウィッチが始まるみたいね」
そんな風に話していると開幕のラッパが鳴る。
カーテンが開くと舞台の中央に一人立つゴシック調の衣服の少女。
彼女は先ずは静かに流麗なカーテシーを観客に行う。
その洗練された所作に思わず魅入る観客達。
スゥっと顔を上げた少女は、その無機質そうな顔に嫋やかな笑みを浮かべ、
「皆様、本日のこの良き日を一緒に祝う事が出来る事に感謝いたします」
一言だけ挨拶すると軽く息を整え、アカペラで賛美歌を歌い始める。
透き通るような声は会場に澄み渡り、思わず涙する者さえいる。
「掴んだな…」
「え、えぇ…今ので一気に心を持って行ったわね」
これには観覧していた暗黒騎士と魔女も圧倒された。
圧倒された上でこう思った。
「あいつ、元は死霊の類だよな?」と。
何で平気で賛美歌とか歌ってるんだろう?ダイナミック昇天になるんじゃないのか?
疑問は尽きないが、それはそれとして普通に歌唱力高くてビビる。
賛美歌を歌い終えた後は溌溂とした笑みを浮かべ、自身の楽団と共に歌劇を繰り広げていき、既に心をぐっと掴まれている観客達は老若男女問わず盛り上がっている。
演目が終わる頃には大歓声が広場に響き渡っていた。
「う~む、素直に認めるのも釈然としないものがあるが…これはあやつの勝ちで決まったか?」
「そうねぇ…完全に他の人らはそんな感じよねぇ」
まだ魔族娘の出番が残っているが、周囲の観客達は先程の演目の話で持ちきりになっている。
「あまりいい空気じゃないっすねぇ」
この後に続く魔族娘には不利な状況だと頭を掻く剣士。
そんな空気の中、次の演目の開始を告げるラッパが吹かれる。
そうして開かれたカーテンの先、舞台に立つ魔族娘を見て一同は息を呑んだ。
「なっ…!?」
「うそでしょ…!?」
「なっ、あの馬鹿何やってんだ!?」
暗黒騎士や魔女が絶句し、剣士が思わず立ち上がる。
舞台に立つ彼女は、その特徴的な頭を一切隠していなかったのだ。
魔族の証明である獣耳を。
観客達は静寂に包まれ、次に怒号が周囲に響き渡る。
「魔族が何やってんだーー!」
「引っ込みやがれ!」
「何企んでるのよ!」
喧噪の中、一度は俯いた魔族娘だがしっかりと顔を上げて正面を見据える。
「喝ーーーーーーーーーーッ!」
周囲の怒声を掻き消す一声。
殺気も混じったソレに狂騒に包まれていた観客達も声を失い、また静寂が訪れる。
魔族娘はその檄を放った暗黒騎士に一度だけ軽く目を向けて頷くと、
一呼吸置いてステップを踏み始めた。
それに合わせて「深夜のお茶会」から派遣された楽団が音楽を奏で、それに合わせて魔族娘は舞台を存分に使って舞い踊る。
初めは偏見の目で見ていた観客達も次第に言葉を失い、
ただ目の前の踊り子に魅了されていく。
そうして、彼女に対して罵詈雑言を飛ばす客は誰もいなくなる。
客達の中には自然と体を揺らして彼女の舞に合わせるように軽く踊りだす者も出始めていた。
曲が最高潮まで盛り上がってきた時、魔族娘が勇者に依頼していた『仕掛け』。
ファンシー小隊が舞台に上がり、その愛くるしい見た目と魔族娘のバックダンサーとして懸命に踊る姿で若い女性や子供達の心も掴んでいく。
曲が終わり、彼女が息を切らしながら顔を上げれば、
観客達からは歓声が響き渡っていた。
そもそも、彼女が彼らに何かした訳でもないのだ。
偏見だけで声を上げていた者達も目の前の素晴らしき技量を見せた踊り子を手のひら返しして讃えている。
調子がいいとも思えるが、魔族娘にとってはどうでもいい事だった。
自分を偽らないでここまで評価されたのだから。
勇者歴15年(秋):魔族娘、自分と向き合う。
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