第65話 聖女対不死王

大教会を擁する聖都にて最高の戦力が聖女と呼ばれる存在である。

最高位の聖属性魔法を自在に操り、守りに入れば強力無比な結界を展開する。

魔王軍においては最重要攻略対象の一人として数えられていた。


その日、聖女は地方視察の為に聖都を離れ、少数の護衛と共に目的の都市の教会を訪ねていた。

最近、この教会で何やらよからぬ動きがあるとの報告を受け、場合によっては粛清を行う必要もあるという上層部の判断による聖女派遣だが、これが結果として最悪の事態を招く事になるのだが、この時点では誰も予想し得なかった。

それほどまでに聖女という存在が他とは格が違う故に。


「ようこそいらっしゃいました、聖女様」


教会に赴いた聖女を司祭が丁寧に出迎える。

穏やかな笑みを浮かべ、聖女に歩み寄ろうとする司祭を聖女は手で制する。


「こちらに来る必要はありません」

「…聖女様、何を?」

「こういう事です」


翳していた手から淡い光が輝きだし、目の前に立つ司祭へと光が放たれる。


「ぎぃやぁぁぁぁ!?」


光を浴びた司祭はその場で悶え苦しみだし、その身体は青い炎に包まれるとひび割れて崩れ落ちた。


「こ、これは…!?」


その様子を呆然と眺めていた護衛の聖堂騎士達も慌てて武器を構える。


「どうやら、すでにこの教会は乗っ取られていたようですね」


聖女は動じる様子もなく呟き、それと同時に背後の扉が大きな音を立てて閉じる。


「な、扉がっ!」

「いけません、離れなさい!」


慌てて扉に駆け寄ろうとした聖堂騎士は影から生えてきた棘により串刺しにされて、声を上げる暇もなく息絶える。


「わ、罠かッ!!」


残りの護衛の聖堂騎士は聖女の周囲を囲むように隊列を整える。


「フフフ…これはこれは。思いの外、大物がかかったようで」


その声と共に教会内部の灯りが落ち、周囲が暗闇に包まれる。

聖女は咄嗟に自身の周囲に結界を張り巡らすが、それと同時に周囲に居た聖堂騎士達の阿鼻叫喚が響き渡る。


「くっ…申し訳ありません…」


自身の判断が遅れた事で犠牲になった者達に詫びつつ、聖女は聖魔法により周辺を照らし出す。

聖女の周りには既に影から伸びた棘により八つ裂きにされた騎士達の躯しか存在していない。


「流石だな、今ので貴女毎始末してしまおうと思っていたものを」


暗闇の中、影が形を成し、血色を喪ってはいるが誰しもが見とれるような美しき顔立ちの青年が現れ出でる。


「不死者ですか」

「えぇ、ただし、私はその頂点に立つ者ですけれどね」


怪しげな微笑を浮かべる不死王を聖女は睨む。


「そうですか、ですが貴方は理解していないようですね」

「何を?」


フッと聖女が表情を崩す。


「『天罰ジャッジメント』!」

「ッ!?」


聖女が祈りを捧げ、闇を貫いていくつもの光の柱が天より降り注ぐ。

不死王は身を翻して降り注ぐ光の柱から逃れるが、その内の一つがその右手を貫いて、青い炎が噴き上がる。


「ぐわぁぁぁぁ!?」

「死の理から外れた者の相手は私が最も得意とする事です!」


不死王は燃え上がる右腕を、残った左腕で自ら肩口から切り落とし、それ以上炎が延焼しないようにする。

その傷口の断面からは血液の代わりに闇が噴き上がり、傷口を塞いでいく。


「さ、流石だな、予想以上の力…だが、こちらもただ逃げ回っていた訳ではない」


傷口を抑えつつ、不死王も不敵な笑みを浮かべる。

その言葉の後に、聖女は自身の身体がふらつくのを覚える。


「フフッ、この暗闇の中に紛れ込ませた毒の霧だ。

 流石に回るまで気づけなかったようだな」

「こふっ…えぇ、ですがなにも問題ありません…」


口から軽く血を吐き出すが、それでも聖女は動じない。

口を拭うとしっかりと立ち上がる。


「馬鹿な…魔族ですら死に至る毒だぞ!?」

「私が受けている女神の加護はあらゆる不浄の一切を払います。

 さぁ、裁きを受けるのです」


聖女は再び祈りを取ろうとするが、


「えぇい、クソッ! ここまでとは…聖女よ、この眼を見よ!」


想定以上の聖女の力に不死王は破れかぶれで『魅了チャーム』をかける。

元より、一切の不浄を払うというその力には一時しのぎ程度にしかならないだろうが、その間に撤退しようという策であった。


だが、


「えっ…」


不死王と目を合わせた聖女の動きが完全に止まる。


「…?」


この反応に不死王も何が起きたのか理解出来ず固まってしまう。


「好き…あぁ、貴女に私の全てを捧げます!」


瞳をハートマークにした聖女が頬を紅潮させながら不死王に走り寄ってくる。


「えぇぇぇぇ!?」


不浄を弾く筈の力が全く働いていない聖女に逆に不死王が動揺して困惑の叫びをあげる。


「さぁ、ここは教会です! このまま式も上げてしまいましょう!!」


困惑する不死王の手を聖女が両手で握り締める。

その瞬間、


「うぎゃぁぁぁぁぁ!?」

「あっ」


聖女に自動で働く女神の加護が、不浄な存在である不死王を浄化させようと働きだす。


「離せ!? 手を離せッ!!」

「も、申し訳ございません!!」


聖女が手を離すと、女神の加護も止まり、不死王はその場に膝から崩れ落ちる。


「な、何だ…? これは何が起きているのだ?」


浄化の痛みと混沌とした状況に頭が働かず、混乱する不死王。


「あの…大丈夫ですか、ご主人様…?」


その傍で本気でこちらを心配している様子の聖女。


「え…魅了が…効いている…?」


やっと状況が理解出来てきた不死王。

何故だか分からないが完全に魅了が刺さった聖女は不死王を主人として本気で尽くそうとしているようだ。

だが、ちょっとでも触られると女神の加護で不死王は消滅の危機に瀕する。

その所為で近寄るに近寄れず、その場でオロオロしている聖女。


「何だか分からないがこれは…つまり、勝った?」


こうして聖女を陥落した不死王はそのまま聖都に侵攻、聖女が敵に回ったなぞ信じられずに対処が遅れた大教会の上層部を眷属に変えて聖都を攻略してしまった。

なお、この間も聖女には触れる事が出来ない為、彼女は眷属にする事が出来ずに魅了で従えたままになっている。


勇者歴14年(冬):不死王、聖女を魅了して聖都を墜とす。

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