第56話 勇者、砦に潜入する

目的の魔族に占拠されたという砦の近くまで来た為、馬車を降り、身を潜ませながら砦へと近づいていく勇者一行。

砦の外には見張りらしきものがは居らず、一見すれば無人のようにも見えるが、


「居るな。 中に複数の気配がある」

「アッ、最近私もその感覚掴めてきたんだよね、う~ん中には5~60人位かな?」

「ウム、大まかにはその程度であろうな」


暗黒騎士は自身の技である生命探知にて砦内の生物の数を把握しているが、勇者も朧気ではあるが、大分感覚を掴めているようである。

末恐ろしい才能に暗黒騎士も驚嘆と畏怖を禁じ得ない。


「すげぇな、俺には何かいるって程度しか分かんねぇのに」

「うむ、私も気配位しか分からん!」

「私は気配とかもよく分かりませんわ…」


それは剣士や魔族娘、魔法使いも同様に感じているようだ。


「何をしているのです、中に悪が居るというのならコソコソせずに突き進むべきです!」

「いや、先ず貴様は忍べ。一応は神であろうが」


一番後列で偉そうにしている女神に呆れつつ、このまま様子見をしているのも仕方ないので砦の内部に注意しつつ進みだす一行。


「予め言っておくぞ、我は基本この旅にてお主達の戦いに手を出す事はしない。

 あくまで自分達の力だけで切り開くのだ」


砦に足を踏み入れようとした時に暗黒騎士が勇者達にそう告げる。

その言葉は例え全滅に陥るとしても助けないという意志を感じるには十分だった。


「うん、分かってるよおじさま。 これは私達の冒険だもんね」


それに対して、勇者も怒るでも泣くでもなく、当たり前の事として受け取る。

非情とも言える言葉は、逆に自分達への信頼の証なのだと。

その勇者の表情に杞憂であったかと暗黒騎士は声に出さずに口元を綻ばす。


そうして薄明りの灯る砦の中を息を潜ませながら進む一行の耳に砦の奥から響く叫び声が入ってくる。


「もうやめてー!」

「これ以上は無理だ!」

「あぁぁ、もう耐えられない…」


男女混合の叫び声。

砦の奪還に向かって帰ってこないという冒険者達の声だろうか?

取り敢えずは生存しているようだが、拷問でも受けているのか悲鳴は途切れない。


「チッ、あまりいい景色じゃねぇかもしれねぇな。みんな覚悟はしておけよ?」


剣士が勇者達に向けて気を引き締めておくように警告し、3人もそれに頷く。

それぞれに武器を構えて突入の準備を整えると、勇者の合図に合わせて4人はほぼ同時に飛び出す。


其処には、


「てやーてやー!」

「どうだーおそろしいかー!」

「にんげんめーにんげんめー!」


体長100㎝程度の獣人達がその肉球でぺちぺちと冒険者達を叩いており、


「いやーもう可愛すぎる―!」

「これ以上は無理だ、萌え死ぬ!」

「あぁぁ…モフモフに耐えられない」


至福の表情の冒険者達がよだれを垂らしながらそれを受け入れていた。


勇者歴15年(春):勇者、砦の中の魔族(?)と遭遇する。

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