第52話 勇者の旅立ち

住所不定無職めがみにより、勇者と認定された以上、世界救済の為に戦う必要があるのがお約束である。この世界でも女神のお告げはそういう扱いなのだ。


「幸い、ここにいる皆さんは腕も確かな模様。さぁ、勇者よ!

 この世界に蔓延ろうとしている悪を私と共に討つのです!」


卓の上で手を翳して宣言する女神。


「まず卓に乗るな、降りろ」


馬鹿と煙は高い所が好きというアレだろうかと思う暗黒騎士。


「女神様がそう仰る以上、それがこの子の使命なのでしょうが…親としては複雑です。 出来ればこの子には普通に過ごしてほしかった…」


普通の範囲で言うと既に大分踏み越えているが、奇人変人に囲まれている所為で何気に夫人の中の普通も判定が緩々になっているが、そこは流石にみんな黙っていてあげている。


「お母さん、泣かないで。 おじさまもこの日の為に私を鍛えてくれたんだろうし、私なら大丈夫! パッと言ってパッとやっつけてくるよ!」


勇者は顔を曇らせている夫人を健気に励ましている。割と説得力あるので困る。


「えぇ、おばさま。私達も一緒についていきますわ!

 勇者ちゃんだけに絶対に無茶はさせませんの!」

「あぁ、おばさん、俺がこいつらの兄貴分としてしっかり支えてみせる」


それに続いて正式に魔女から認められた貴族妹改め魔法使い、

そして剣士が夫人に声をかける。


「うむ、そうだぞママさん。私も姉として勇者を支えるぞ!」


既に自分の中で完全に立場が夫人の義理の子供になっている魔族娘もそれに続く。

お前は同い年だ。


「貴方たち…どうかこの子を宜しくお願いします」


それに感極まった夫人もゆっくりと頭を下げ、床に点々と滴が落ちていく。


「勇者よ、辛く苦しい旅となるでしょうが。人類と私の信仰…げふんげふん!

 人類の明るい未来の為にその力を貸してください」


何やら不穏な言葉を呟きかけた女神を周囲が白い目で見ている中、暗黒騎士の傍にこっそりと魔女が近寄っていた。


「どうせ貴方もこっそり着いていくんでしょ?」


微笑みながら暗黒騎士に耳打ちする。


「ムッ、バレていたか…まぁ、それが亡き同胞への盟約でもあるしな」


その答えにクスクスと笑う魔女。


「もぅ、素直じゃないわねぇ。単に親馬鹿なだけの癖して」


何も言わずに腕を組みなおしてそっぽを向く暗黒騎士。

その様子を夫人は涙を拭きながら何も言わずに見つめている。


「じゃあ、お母さん。 行ってきます! 夕飯までには帰るね!」

「「「「「「ん?」」」」」」


勇者の明るい声にその場にいた夫人以外の全員が同じリアクションを取る。


「え、いや、あの勇者よ。旅の意味分かってます?」


狼狽えつつ女神が訪ねるが、


「取り敢えず、まずは聖都まででいいんだよね?」

「え、それはハイ、それでいいですけど、アレ? 私が間違ってます?」


勇者の反応に困惑して周囲に助けを求める女神。


「あの、勇者ちゃん? 聖都まで行くなら結構道のりありますわよ?」

「だねー、1月近くかかるかな?」


魔法使いが助け舟を出すも、それに対しても何処か飄々としている勇者。


「いや、1か月かかるのはそうだがよ、その間は野宿とか色々な?」

「え、何で?」

「何でって、え?」


剣士の質問に質問で返してくる勇者、そろそろ周囲との認識の違いに気づき始める。


「いや、おじさまが便利な道具持ってるよね?」

「アッ!?」


言われて気づく転移石の存在。


「い、いや、だがな勇者よ、旅とは本来過酷なもので時には野宿も」

「いや、道中が過酷なら夜はしっかり休めた方がよくない?」

「……アレ?」


暗黒騎士も加勢しようとするが、速攻で論破されて言葉に詰まる。

勇者の指摘に皆も段々と考えが変わってくる。


なんで帰ったら駄目なんだ?と。


「いや、野宿とか、宿に泊まるのも嫌いじゃないよ?

 でも、途中で戻れるなら別に戻ってもいいよね?」

「…そうですね」


こうして、誰も勇者に反論する事が出来ず、勇者の夕飯には一旦帰る旅が幕を開けるのだった!


勇者歴15年(春):勇者の魔王討伐の旅が始まる(夜には一旦帰宅)。

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