第35話 竜王、訪ねる

その日、いつもの村に突風が吹き荒れた。

比喩表現ではなく、物理的に。

村の傍の海岸に飛来する巨大な影。

烈火の如き鱗と、巨石の如き牙を備えた竜が砂埃を巻き上げつつ着地する。

それを迎えるのは暗黒騎士と魔女の二人。

砂埃が晴れると其処には竜の姿はなく、巨躯の作業着を着た大男の姿があった。


「ほぉ、淫魔女王の奴から聞いてはいたが、マジでこんな辺鄙な場所に居やがったのか!」


大男こと竜王は暗黒騎士の鎧の肩を派手な音を立てながら叩いている。


「今は魔女って名乗ってるのよ、貴方もこっちではそうしてね?」

「ん? 魔女だな! 分かった分かった!」


大口を開けて陽気に笑う竜王の姿に暗黒騎士も笑みを漏らす。


「お互い、変わるものだな」

「お前は見た目全然変わってないけどな!」

「ムッ、そういえばそうか」


この3人の中では、見た目だけならば一番変わっていない暗黒騎士は一人で頷いている。 それを魔女と竜王が顔を向き合わせて笑うのだった。


「戦友の再会に」

「戦友の再会に」

「戦友の再会に」


3人はお互いのグラスを軽くぶつけ合って、酒を呷る。


「それで、急に魔女経由で連絡を起こしたと思ったら何の用だ?」

「あ~…それなんだけどよ」


暗黒騎士の質問に竜王は恥ずかしそうに頭を掻く。


「おらぁ、いま、かみさん達の為に手下どもと運送業やってんだけどよ」

「げに?」


その言葉に一瞬宇宙を垣間見る暗黒騎士。

地元で一番やんちゃしてたこいつがまっとうな職に!?


「あたりめぇだろ、竜だから財宝貯めこむとか何百年前の話だよ。

 汗流して食うかみさんの飯が最高なんだよ!」

「え、誰こやつ…」

「騎士ちゃん、今はこの中では貴方が一番の底辺ニートなんだから黙って聞きましょ?」


そういえば職のあった魔女が戦々恐々としている暗黒騎士かせいふを窘める。


「おっちんだ魔王の娘居るだろ? この前、そいつにこっち側への護送頼まれて引き受けたんだけどよ」

「あ、あぁ…そういえば居たな」


そう言えば今は亡き友も妻帯者で、経営者まおうだった。


「…あれ、働いてないのもしかして我だけ?」

「現実を直視しちゃダメよ、騎士ちゃん」

「小刻みに震えてるが大丈夫か? で、だ。その娘なんだがな、落っこちた」


竜王の言葉に暗黒騎士は冷静さを取り戻して震えを止めつつ、聞きなおす。


「それは、人界にという事か?」

「そういう事だ」


その言葉に真剣な表情で腕を組む。


「まぁ、落ちた後に生きていても十中八九助からんだろうな」


あからさまに目立つ魔族は目の敵にされる。

目立ってるけど存在感でごり押せる一部の例外は除く。


「はぁ~~~~、まぁそうなるよなぁ」


その返答に竜王も大きなため息を吐く。


「それはそっちの経営に傷がつくのかしら?」

「いや、それはねぇ、同意書も得てる。暴れて落ちた方の責任だ」

「じゃあ、何をそんなに気に病んでるの?」


悩まし気にしている竜王に魔女も口を挟む。


「いや、お前らよ。自分のガキと一緒位の奴が迷子になってたら気に病まねぇか?」


そんな事を真剣な表情でいう竜王。

やはり、大分変わったなと暗黒騎士は思いつつ、


「分かった、何か情報を得たらお主にも伝えよう」

「あぁ、頼むわ!」


そうして二人は固い握手を交わした。

魔王軍の頃はこうした付き合いになるとは想像もしていなかった二人である。


勇者歴12年(冬):竜王、暗黒騎士を訪ねる。

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