第5話 魔王、思い出す

その日、魔王城内に衝撃が走った。

実質的な軍務のNo.2でもある暗黒騎士が謎の失踪を遂げたからである。

彼の騎士の執務室には彼の字でただ一筆、『我より強い者に会いに行く』とお前は何処の路上格闘家だという文字のみが遺されていた。

彼より強い者など魔王軍内では頭である魔王しかおらず、それが様々な憶測を読んだが誰も答えは持ち合わせてはいなかった。


それは彼の魔王すら一緒ではあったが、それでも他とは事実が違った。


「あいつ、やりやがった……」


玉座の間で一人、両手で顔を覆い溜息を漏らす。


そもそも魔王と暗黒騎士は彼らが一般魔族だった頃からの知り合いというか、同郷の出身である。

魔王は魔族らしく立身出世を夢み、野心にも満ち溢れていたが、

暗黒騎士はといえばそんな魔族本来の野望なぞどこ吹く風で自身の鍛錬にしか興味がなかったのである。

しかし、そんな野心家の後の魔王と自己鍛錬の鬼の後の暗黒騎士は不思議と馬が合い、

群雄割拠の魔界を二人で暴れ回り、次第に其処に仲間が集い、やがては魔界の一大勢力にまで発展したのである。


「そもそもアイツ、自分がうちの二番手の自覚なかったからな…」


強者と闘いたいから、その舞台を整える。

暗黒騎士に取っては目的は手段の為の理由でしかなかったのである。

厄介なのは、その為に用兵等も人並み以上に熟知していた事である。

本人は実際は興味はないけれど、無駄に義理堅いので仲間から軍略を乞われれば素直に答える。

そうやって暗黒騎士に師事を受けていたものも多い。

が、本人にしてみれば乞われたから答えていただけでそれに他の意図もなく、

まして随分と質問多いな鍛錬したいなと思っていたくらいだ。

配慮して魔王が暗黒騎士を将軍の地位に当てていたが、本人は名誉職くらいにしか思っていなかっただろう。


そう、竹馬の友である魔王だけが理解していた、というか思い出したが暗黒騎士は結構ポンコツなのだ。

手綱役をそれまでは魔王が行えていたから威厳ある将軍と周囲に思われていたが、

王としての責務が多忙を極め始めた時に油断して手綱を離してしまった途端これである。


まだ魔界内では魔王に抵抗する勢力が散在し、人界侵攻にまで手を回す余裕がない中での暗黒騎士の失踪。

それは魔界統一へ邁進していた魔王軍に取っては大きな痛手となり、計画を大幅に遅延させる事となった。


勇者歴0年:魔王軍、暗黒騎士の失踪に騒然とする。

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