第46話 晴天の空を行く
エークの町の高台にある領主館で、ガライは執務に追われていた。町が大きくなるということは仕事も増えるということだ。最近では【月下の腕輪】の活動もしていない。ダンジョンにはユーゴに会いに行くくらいだ。
「ガライ。少し休憩なさいな」
ドアが開いてリースエルが入ってきた。手に持ったバスケットの中には、クッキーが入っている。
「ん、ああ。そうしようか」
ガライは伸びをしながら立ち上がる。ソファへ移動するとリースエルが隣に座った。
彼女は戦いから遠ざかったせいか、最近は雰囲気も柔らかくなった。ヘズッハ伯爵の件も片付いたし、そろそろ結婚式の準備を始めてもいいかもしれない。
そう言うと、リースエルは少し目を伏せた。
「なんだか申し訳なくて」
「……ユーゴに?」
「ええ。旅人だったユーゴをダンジョンに縛りつけることになってしまって」
「彼の好意に甘えているのは僕もだよ」
人と同じように動けるユーゴが外に出ないのは、エークにダンジョンが必要だからだ。偶然出会ったガライたちを友人だと言い、身を呈して領地に貢献してくれている。
「僕らはもらうばかりで、できることは少ない。もしユーゴの気が変わったら、その時は黙って受け入れようと思ってる」
「ガライ……」
場がしんみりした時、突然部屋が揺れた。
「何!?」
「きゃあっ!?」
床に大穴が開く。ガライとリースエルは慌てて穴のふちから中をのぞき込んだ。するとそこには白髪の少年がのんきに手を振っていた。
「えへへ、驚いた?」
「ユーゴ!?」
妙に綺麗な穴の底には、最近はメイド服も見慣れたクラウもいる。見れば穴には通路がつながっており、おそらくはダンジョンから横穴を掘ってここまで来たのだと思われた。
「一体どうしたの!?」
「クラウも帰ってきたし、ダンジョンも軌道に乗ったろ? だからそろそろ旅に出ようかと思って」
てへっと頭に手を当ててユーゴが笑った。ガライとリースエルは固まる。ちょうど今その話をしていたのだ。
「それは……僕たちに止める権利はないが……」
いつかそうなるかもと覚悟はしていたが、突然すぎる。ダンジョンがなくなったエークがどうなってしまうのか想像もつかない。が、ユーゴはこともなげに言った。
「大丈夫! ダンジョンの管理はこの子に任せるから。元々この子のだし」
「は?」
ユーゴが手の上に乗せて差し出したのは、魔力を帯びたやや小ぶりの宝玉だった。
「……まさかエークのダンジョンコア!?」
「そそ。ほら、ガライが持ってきてくれた資料の中に、コアを二つ持ってるダンジョンが発見されたことがあるって」
「あ、ああ。まだ二件しか確認されたことはないけど」
「あれって、縄張り争いの結果なんじゃないかって思ってさ」
「あっ……!」
ダンジョン同士が接触した場合、テリトリーの奪い合いが始まる。その場合負けた方のコアはどうなるのか。勝者の支配下に置かれるのだとしたら。
「やってみたらダンジョンコアを素材に、サブのコアを作れたんだ。俺の下位になるけど、管理権限もちゃんと持ってる」
言いながらユーゴは地下室の体裁を整え、階段と台座を作って宝玉をそこに据えた。
「領主の館にダンジョンコアがあるなんて誰も思わないだろ? 領主の責任において、この子を守ってあげてよ」
ガライは思わず息を呑む。震える手を握りしめ胸を叩いた。
「もちろんだ! 今度こそ僕らでこのダンジョンを守ろう!」
「ええ、ええ。任せなさい、ユーゴ!」
エークのダンジョンは返還された。ユーゴが自由になることで、リースエルも枷から解放されたのである。
そのまま数日領主の館で歓待を受け、ユーゴとクラウは旅立ちの日を迎えた。今日から守護者の任に戻ったクラウは、久々に黒鎧をまとった騎士姿だ。
館の前には【月下の腕輪】一同が見送りに来ていた。
「元気でな」
「本当に世話になった」
「色々ありがとう」
クリフとハーリー、マリアの三人がそれぞれに声をかける。
ユーゴとは縁のあるフーリスも、旅の物資を届けがてら「エークにお寄りの際にはまたぜひ商談を」と挨拶していった。
ガライが封筒をユーゴに差し出す。
「これは僕が……アージン子爵が身元を保証するという証明書だよ。何かの時には使ってくれ」
「ありがとう。お土産持ってまた遊びに来るよ」
「うん。待ってる」
「やっぱり門までお見送りに……」
リースエルが言うとユーゴはぱたぱたと手を振った。
「いやいや、領主と婚約者が来るなんて目立ちすぎだから。ここで充分だよ」
「うむ。今生の別れでもあるまい」
ユーゴとクラウが町の通りへと歩き出すと、背中からリースエルの声がした。
「ユーゴ、クラウ! 良い旅をお祈りしますわ!」
二人は立ち止まって振り返り、見送る人々に手を振った。
それから活気のある大通りをのんびりと歩いて町を出る。門前ではグローツが出入りする旅人を検分していた。
「お。エークを発つのかい」
「うん。お世話になりました」
「こちらこそ。達者でな」
グローツは何気ない風にユーゴとクラウを送り出したが、最後にその背に向かって敬礼した。
エークの町を出た二人は街道を外れ、少し歩いてからガーネを呼び出して乗り込んだ。
前に乗ったユーゴがクラウの首を抱える。クラウはユーゴを抱えるようにガーネにまたがり、軽く拍車を入れる。ガーネは二、三度地を蹴って、空へと駆け上がった。
見下ろすと防壁に囲まれたエークの町が一望できる。防壁の一部は拡張工事中で、他にも足場が組まれている建物がいくつも見える。大勢が行き交う通りは以前より広くなったようだ。
「次来るときは大都市になってるかもね」
「そうかもしれぬな」
ゆっくりと空を駆けながら、クラウは目を上げてユーゴに訊ねる。
「どちらへ向かうのだ、主?」
「んー、あっち」
ユーゴはクラウの首を持ち上げて、自分の顔と同じ方向に向けた。
「地図で見たんだ。山越えして行ってみようよ」
「あいわかった」
「港町があるんだ。クラウは海見たことある?」
「いや……残念ながら」
「じゃあ行こう! そうだ、テリトリー作れば海中散歩もできるんじゃね!?」
「私は主といられればそれで良い」
「もう……たまにはちょっとくらい我儘言っていいんだよ?」
そう言ってユーゴはクラウにキスをする。軽く唇を触れ合わせるだけのキス。だがクラウは真っ赤になってわたわたと首を振った。
「あっ、主っ!? 不意打ちはずるい!」
動揺が体の方にも伝わり、宙を踏んでいたガーネがバランスを崩す。馬上でぐらりと揺れたユーゴは焦って叫んだ。
「クラウ! 首! 首落ちそう!!」
ユーゴは慌てて身を乗り出し、こぼれそうになったクラウの首を胸に引き込む。そのユーゴをクラウの腕がぎゅっと抱きとめる。
晴天の空をデュラハンと主は行く。旅は今、始まったばかりだ。
+++++ END +++++
異世界のダンジョンで目が覚めたらデュラハンの嫁ができたようです。 踊堂 柑 @alie9149
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます