第45話 秘密の隠し部屋

 エークでダンジョンコア盗難未遂事件が起きてから一年。


 当主の息子が現行犯で捕まったヘズッハ伯爵家は、取り潰しになった。希少な魔法触媒を産出するダンジョンを潰しかけたのだ。経済的損失を考えた中央は激怒し、関係者は極刑に処せられた。


 犯行に使われた魔道具については、存在自体が危険だと判断され情報は伏せられた。ため調査のしようもなかったのである。


 一時崩壊の危機にあったダンジョンだが、すでに完全復活を遂げている。というか、今では世界に唯一の特異なダンジョンとして探索者が引きも切らない。


 瀕死に追い込まれた冒険者を外へ吐き出すダンジョン。


 探索で得たドロップを全部失うとはいえ、命の心配がないダンジョンなど他にはない。初心者からベテランまで、修行に、力試しにと大勢の冒険者がエークにやってくる。


 当然ながら最寄りの拠点であるエークの町も、大きく発展していた。現在も防壁や町の各所で工事が行われ、拡張の一途をたどっている。


 領主のパーティでもある【月下の腕輪】も、まだダンジョンを訪れていた。


「こんにちはー?」


 ガライたちしか知らない一層の隠し部屋。そこにこのダンジョンの主が住んでいる。


「い……いらっしゃいませ、お客様……」


 その出迎えに【月下の腕輪】一同は生暖かい表情になった。


 姿勢よく腰を折ったクラシカルなロングスカートのメイド。だが清楚に見えてエプロンは胸を強調するデザイン。そして手に持ったトレイの上にホワイトブリムをつけた美女の首が乗っている。ちなみに顔は真っ赤だ。


「ほらほら、もっと愛想よく笑って、笑って」

「主ッ! 私は反省している! だからもう許してくれッ!」

「えー。やだよ」


 がっくりと肩を落とすクラウの首をトレイからさらって、ユーゴが胸に抱く。


「クラウは守護者じゃありませーん。俺のお世話係でぇーっす」

「はうううぅ」


 現在ユーゴの命令で、クラウは武装することを禁止されているのだ。


 マリアとハーリーが吹き出した。釣られてクリフも笑い出す。結局ガライもリースエルも顔がにやけるのを止められない。


「ユーゴの気の済むようにさせてあげなさいな」

「君のためにずっとがんばってたんだ」


 バルナバスの暴走を止めるために、クラウはユーゴを守って力尽きた。そう聞いたガライたちは愕然とし、特にリースエルは自分を責めた。


 だがユーゴは諦める気はさらさらなかった。だってダンジョンの魔物はリポップするのだ。ならば彼女を呼び戻すことも可能なはず。


 魔物を召喚すると言うが、どこからか連れてくるわけではない。実のところコボルドならコボルドという定義枠を最初に作り、それに従って魔物を創造するというのが正しい。


 なのでリポップさせる場合も、再召喚されるのは同じ種族であって同じ個体ではない。


 ではユーゴが守護者の再臨を望んでも、それはデュラハンというだけの別人なのか。


 そうではない。名付けにはやはり意味があったのだ。それは種族ではなく、ただ一体のみの個性に価値を見出された証。


 名を持つ魔物は種族ではなく、個として再生する。


 再召喚のためのコストはMPだった。ユーゴが持てるレベルを注ぎ込んだクラウ。必要なMPは莫大だったが、目的地がわかれば邁進するのみ。


 そしてやっと先日、ユーゴは目標を達成してクラウを再召喚したのだった。


「ずっと資料読み込んだりコスト計算とかしてたよな?」

「そうそう。食事も忘れて最適解だの回転効率だの」

「徹夜して『ダンジョン経営はRPGじゃない、シミュレーションだ!』とか叫んでたこともあったなあ」


 ユーゴに抱かれたクラウの顔がくしゃっと歪んだ。


「ごめんなさい……嬉しかった。また呼んでくれた」

「うん」

「がんばりゅ……主のお世話すりゅ……」

「うんうん」


 半泣きで舌足らずになったクラウがユーゴを抱きしめた。


「次は無茶しちゃだめだよ。クラウには俺がいるんだから」


 ユーゴはクラウの頭をぽんぽんと撫でた。武人である彼女の家事は壊滅的だ。だがそれも良し。しばらくはポンコツ可愛いクラウを堪能するのだ。




 テーブルにつき、マリアとメイドなクラウがお茶を運んできてダンジョン会議が始まった。


 この間まではどこか張り詰めた感があったユーゴが、また以前のようにのんびりぼやんとしている。クラウが戻ったことで皆も安心した。


「今日はミートパイを焼いてきましたの」

「冒険物語と、紀行本も持ってきたよ。それと言われてた地図」

「うん。ありがとう」


 ガライたちは事件以来こうしてユーゴに差し入れを持ってくる。ダンジョンの支配者になったことで、ユーゴは外に出られなくなった。だからせめて気晴らしにと、色々な本を持ち込むのが恒例だ。


 エークにとってユーゴは大恩人だ。もはや返しようもないほどだが、できるだけのことはしてやりたい。


「一層の肉球マシュマロ、相変わらず大人気みたい」

「そかそか。初心者のお小遣いになってるといいな」

「十層では、弁当が人数分出るまで狩りをするってローカルルールができたらしい」

「へー。何種類か用意した方がいいかな?」

「やめとけ。違うのが出ると奪い合いになるぞ」


 最初の頃は再構築のため、各地のダンジョンの資料も大量に持ち込まれていた。今は情報交換が主だ。


「ルザサイトのドロップ率は現状維持でいいよね?」

「ああ。充分だよ」

「ねえ、ガライ。十八層の箱にマジックバッグ入れてみようか」

「ぶふっ」


 ガライは紅茶を吹きかけ、慌てて口元を押さえた。


 今は当然十八層の最奥にコアはない。代わりに宝箱が置かれている。中身はランダムで、そこそこお高いものが入るように設定されていた。


「クラウが帰ってきたから、MPに余裕ができたんだよね」

「う……」

「作成コストが高いから出現率は絞ることになるけど……いらない?」

「…………欲しいです」


 こうしてダンジョンの目玉商品が増えた。

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