第41話 混ぜるな危険

 ユーゴの言葉を聞いたガライは唖然として聞き返した。


「何だって……?」

「多分あいつ、ガーディアンもダンジョンも魔物だから同じだと思ったんだ」


 冒険者であるザマロはダンジョンに詳しかった。魔物の種類や、ガーディアンと呼ばれる特別な魔物がいることも知っていた。


 対して伯爵家の御曹司であるバルナバスは、ダンジョンがどういうものなのかよく知らなかった。知識としてあるのは、魔物が住む薄暗い穴倉で金目のものが手に入る。そしてダンジョン自体も魔物だと言われている。その程度だ。


 だからガーディアンを召喚するのに、ダンジョンもひっくるめて一つにしてしまったのである。


 たまたまとはいえテリトリーを完全掌握して一体感を持ってしまった。だから余計にダンジョンを巨大な生き物だと認識したのだ。間違いではないのだが、ダンジョンそのものを構成しているのはスキルで生み出された謎物質。


 『構築』と『召喚』というスキルを、不確かな知識で混同した結果がこの異様なダンジョンだった。


「じゃあ、あの不気味な手を破壊することはできないっていうのか?」

「ああ。私には無理だろう」


 クラウは肯定した。『構築』されたものはコアがテリトリーに存在する限り維持される。これだけのものを作ったのだから更なる召喚はないだろうが、今あるものは消えたりしない。


「みんな。俺がリースを助けるから、先に外に出ていて」


 ユーゴが言うと、【月下の腕輪】は皆眉を寄せた。


「しかし……」

「だってユーゴは戦えないじゃない!」


 マリアが悲愴な顔でユーゴの腕をつかむ。ユーゴはその手をぽんぽんと軽く叩き、そっと引きはがした。


「俺にしかできないことだから、任せておいて」


 ユーゴはサムズアップしてバルナバスの方へ向き直る。


「早く! でないと始められない!」

「……っ!」


 ガライはリースエルを一瞥し、思い切るように出口への階段を駆け上がる。そうなれば他も動かざるを得ない。クリフとハーリーに連れられ、マリアは去り際ユーゴに「気を付けて」と細い声を残していった。


「きっ、貴様! 神たるボクに無礼なのネン!」


 攻撃が止んだことに今頃気づいたバルナバスが叫んだ。ダンジョンの知覚があっても、当人が怯えて目を塞いでは何も見えない。


 そのあたりも付け込む隙だ。


「クラウ!」

「うむ!」


 さっきと同じように、クラウとガーネは二手に分かれてバルナバスに襲い掛かった。今度はバルナバスも用心しており、すぐさま手の平が主を守るように立ちはだかる。


 その間にユーゴは転がされているザマロたちに駆け寄り、縛っている縄を切ってやった。


「早く逃げろ」


 別に親切でそうしたわけではない。よろよろと立ち上がった男たちは、化け物の腹の中から一刻も早く逃げ出そうと走り出す。


「あっ! 逃げるななのネン!」


 しつこくいたぶっていたことからもわかるように、バルナバスは【深闇の狩人】を相当恨んでいた。逃がすまいと手が【深闇の狩人】を追いかける。当然バルナバスの目はそちらを見た。


「今だ!」


 クラウがその手を踏み台にして正面からバルナバスに突っ込んだ。一番近い手がその進路をふさぐ。が、武人でもないバルナバスは反射的に目を閉じた。そこへユーゴも走ってくる。壁を蹴って駆けまわっていたガーネが途中でユーゴをさらい、瞬速でリースエルをつかんでいる手へと運んだ。


「ユーゴ!」

「テリトリー化!」


 ユーゴは手一本分のバルナバスのテリトリーを奪い取った。抵抗はあったが不意をついたこともあり、問題なく欲しい範囲を掌握する。それにより手はただのオブジェと化した。


 ガーネがテリトリーの守りを失った手を蹴り砕き、ユーゴはひったくるようにリースエルを抱えて逃げた。


「あっ!」


 【深闇の狩人】の四人とリースエルとユーゴ。もともと人間の手は二本しかない。バルナバスは、とっさにたくさんの手を思い通りに動かすことができなかった。一瞬の混乱と空白。その間にガーネはユーゴとリースエルを出口まで送り届けた。


 二人を乗せて出てきたガーネに、ガライたちが駆け寄る。


「無事か!?」

「ガライ!」


 ガライがリースエルを抱きしめる。


「よかった……ありがとう、ユーゴ」


 遅れて男を二人ひっつかんだクラウが転がるように飛び出してきた。


「クラウ! 大丈夫?」

「うむ。あんな雑な攻撃に当たる私ではない」

「よかった」


 鎧の腰に手を回して息を吐きだすユーゴを、クラウが抱き返す。見れば首がちゃんとした位置に乗っている。ここには事情を知らない兵士もいるのでグッジョブだ。その余裕があるのだから、本当に大丈夫だったのだろう。


「こいつらは……」

「一応な。二人しかつかんでこれなかったが」

「いるだけましだよ。本当にありがとう」


 逃げようとしたものの、あの手に暴行されてへろへろになっている【深闇の狩人】の戦士と魔術師。結局また兵士たちに捕縛されている。


「それで……」


 全員がダンジョンの入口を見た。リースエルはマントを着せかけられて、ガライが手を回して支えている。


「普通に開いてはいるが、バルナバスは出てくるだろうか」


 ダンジョンの性質として外部に通じる出入口は最低一つ必要だ。『構築』のルール的にそうなっているのでここがふさがれずに残っているのだが、バルナバスがどうするかは読めない。


「わたくしはもう脱出してしまったし、ダンジョンに残っても野垂れ死ぬだけでは」


 安心したのか半泣きで、それでも怒りを込めてリースエルが言った途端。


『グォアアア、オオオオオ……』


 洞窟から空気が吐き出されて反響するような、巨大な獣の吠え声のような音が、ダンジョンの入口から聞こえた。


『返せェエ……ボクの花嫁を返せエエ……ウアァアアア……アァアアア――ッ』


 もはや呪詛に等しいストーカーの声がし、今度は大地が揺れた。


 ダンジョンの入口付近が盛り上がり、周囲に亀裂が走り出す。囲んでいた兵士や休んでいた冒険者たちが泡を食って走り出した。

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