第40話 却下だッ!

 ゆらゆらとうごめく床に苦労しながらユーゴは走った。途中で迎えにきたクラウの体が、倒れそうになるユーゴを拾い上げる。


「一体何があったの!」

「バルナバスが魔道具を奪ってダンジョンを乗っ取った」

「いやいやいや。明らかにおかしいでしょ!」


 ダンジョン全体が蠢動している。何かの体内に入ったようで非常に気持ち悪い。ダンジョンは魔物でコアが心臓だというなら、これも正しい姿かもしれないが嫌すぎる。


 エントランスにたどり着いたユーゴはそこの惨状に唖然とした。


 すり鉢状に大きく広がった広間に、薄っぺらい手が海藻のようにゆらゆらと揺れている。その何本かは、捕縛されたザマロたちを玩具のように振り回して痛めつけていた。【月下の腕輪】は何とか立っているが、こちらも襲い来る手を迎撃するのに精一杯だ。何せ一本一本がでかい。


 クリフが必死に盾をかざし、叩きつける手をしのいでいた。ハーリーは跳び回って避けているが、どちらも体力には限りがある。いつまでもそうしているわけにはいかない。


「ガーディアンなの? あれが?」

「あの手はバルナバスを守り、敵を攻撃している。ガーディアンに間違いあるまい」

「大仏かよ!」


 大きさとしてはまさにそんな感じで、本数が多いあたりも仏像を連想してしまう。だがやってることは外道でしかなかった。


「リース! リース! くそっ!」


 ガライが叫びながら魔法を撃っているのを見て、ユーゴは中央にリースエルが捕らわれていることに気付いた。これでは【月下の腕輪】は逃げるわけにはいかない。


「うえっ……」


 ユーゴは思わず顔をしかめる。


 中央に手がより合わさって柱を作っており、それがバルナバスを乗せた玉座を支えているのだ。そこに幽鬼のようになったバルナバスがふんぞり返り、そばにリースエルをつかんだ手が揺れていた。彼女は必死にもがいているが、巨大な手はびくともしていなかった。


 ガライの魔法は手前の手に弾かれ、クリフたちも中央に近づけないでいる。


「ここはボクの世界! ここにいればボクは最強なのネン! 何でも思い通りなのヨン!」


 相変わらずキンキンと耳に障る甲高い声で、バルナバスは宣言した。


 目の下には隈があるが、たかが数日で脂肪は落ちない。おかげで白豚のアンデッドにしか見えないバルナバスが、笑い声を上げながらリースエルを見た。


「ムキムキするのネン」


 ひっと音を立てて息を吸い込んだリースエルに、別の手が近づいた。その手がリースエルの鎧をつまみ、引きはがしていく。


「な、何をする気ですのこの変態ッ!」


 青ざめながらも気丈にリースエルが怒鳴る。


「何って、ナニに決まってるのヨン」


 手が傾いてバルナバスの前にリースエルを差し出した。バルナバスは鼻息を荒くして、下着しか守るもののないリースエルの胸をつかもうとする。


「嫌あ――ッ!!」

「リース!!」


 リースエルとガライ、二人の悲鳴が重なった時、ユーゴが怒りに燃えて叫んだ。


「てめえのエロ展開は却下だッ!」


 主の意を酌んだ黒い疾風が走り、ガツンと重い音がして玉座を支える手がのけぞった。バルナバスは驚いて体をすくめる。リースエルを捕らえている手も一旦玉座から離れた。


 が、そこまでだった。クラウの大剣は割り込んだ手に防がれていた。


「えっ?」


 今までTレックスバオロンだろうがガーゴイルだろうが、ものともせずに瞬殺してきたクラウの剣が止められた。予想外のことに思わずユーゴは声を上げる。


 受け止めた手を見るが、どこにも傷はなかった。他の者たちもそれに気づいて目を見開く。


「クラウ!」

「これは……リース、しばし耐えよ」


 強引に奪い返すのは無理と、クラウは攻撃の手を引いた。リースエルは唇を引き結んで頷く。


「女……? なのネン?」


 バルナバスはぐふふと笑って、身を翻した黒騎士のシルエットに目を細めた。


「見ればわかるのネン。イイ体してるのネン! これもボクのものにするのネン!!」

「殺すぞ貴様ァ!!」


 ノータイムの怒声に皆が目を剥いた。普段のんびりと人畜無害なユーゴが、敵意をあからさまにするのは初めてだった。クラウさえ驚いて振り向く。


「クラウ! ぶっ飛ばせ!」


 拳を握って怒鳴るユーゴにクラウは嬉しそうに笑った。


「うむ。早くリースを助けよう」


 いななく声と共にガーネが現れ、バルナバスの玉座へ向かって猛然と飛び込んでいく。クラウはそれに重なるように走って、途中で方向転換しリースエルを捕らえている手に切りつけた。


 ガツッ、ガツッと岩を叩くような音がして、手は怯む。が、それだけ攻撃されているというのに一向に傷がつかなかった。


 バルナバスはガーネの蹴りに頭を抱えて玉座で丸くなっているが、何本も集まってきた手がドームのように周りを覆っている。こちらもまったくダメージが通った様子はない。


 クラウとガーネは一旦攻撃をやめ、少し離れた。


 じっと見ていたユーゴは顔をしかめる。


「ちっ。面倒くさすぎるぞ、コイツ」

「わかるか、主? リースを助けるには主の力が必要だ」

「ああ。普通のガーディアンならクラウの攻撃を受けて無傷なわけがない」


 真顔になったクラウに言われて、ユーゴは頷いた。あれだけ攻撃しても、つけられるのはせいぜいかすり傷。それもすぐに消えてなくなってしまう。


 ユーゴは苦虫をかみつぶしたような表情で言った。


「もしかしてこのガーディアン、ダンジョンそのものか……?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る