第39話 支配する力

 戦士も魔法使いも縄を打たれた。治癒師は真っ先に昏倒させられている。


 リースエルに追い詰められ、ザマロは逃げ場を失った。駆け寄ったクリフが、ハーリーがザマロを押さえつける。


「返してもらうぞ」


 後ろ手に引き据えられたザマロから、ガライが魔道具を取り上げた。


「くそっ! 放せ! どうしてこうなった! 畜生、あの女ああ!!」


 ザマロは暴れたが、金属鎧のクリフに上から押さえられたのでは、今の体力では振りほどけない。本当なら力のかけ具合の隙を見て、上手くひっくり返すこともできたのだが、今はその技量もなかった。


「何で、何で! 十八層に閉じ込めたはずだろう!!」


 ザマロが喚くが、誰も答えなかった。ユーゴのことを説明してやる義理はない。彼の存在は世界規模の火種になる。エークのためにも墓まで持っていく秘密だ。


 いつの間にか戦闘音も止んでおり、向こうから動く鎧の残骸を引きずってクラウが現れる。ザマロは絶望の色を目に浮かべた。


「取り調べには素直に応じることだ。いくら僕でも慈悲はない」


 ザマロががっくりと肩を落とす。一同はほっと息をついた。あとはコアを元の位置に戻して様子を見ることになるが、最悪の事態は避けられた。


 これで一件落着だ。


 皆がそうして気を緩めた瞬間、通路から躍り出た人影がまっしぐらにガライに向かってきた。剣を腰だめに構え、体当たりするようにガライにぶつかる。


「き……貴様にそれは渡さないのヨン!」

「バルナバス!?」


 それは下層で【深闇の狩人】に置き去りにされたバルナバスだった。


 まともに戦う術もなく、一人で置いて行かれたバルナバスはセーフルームから動けなかった。薄闇で絶望と恐怖に苛まれながら理不尽に怒り、復讐の機会を待ち望んだ。


 水だけはセーフルームにあったので、孤独と不安の中バルナバスは生き延びた。そしてダンジョンに異常事態が起きる。


 待ち望んだチャンスが訪れた。


 十八層から上がってきた【深闇の狩人】が、近くを通りかかったのだ。バルナバスは生存本能に導かれ、その糸をつかんだ。


 もうバルナバスは奴らを信用しない。見つからないようこっそりと様子をうかがい、目的を果たして地上に帰ることを知った。


 奴らは迎えに来るどころか完全にバルナバスのことを忘れている。殺してやりたいと思ったが、護衛の魔物までいる【深闇の狩人】に敵うはずもない。黒い鎧は冒険者のパーティを一瞬で血祭りにあげたのだ。


 仕方なく息を殺して奴らの後をつけた。道を知らないバルナバスが地上へ出るには、いくら激情に苛まれようと耐えるしかなかった。


 普段だったらとっくに見つかっていただろうが、ザマロは斥候の能力を失っている。臆病なバルナバスが多めに距離を取っていたことも手伝って、誰も追跡に気づくことはなかった。


 そしてもうすぐ地上に出られるというところで、ザマロは【月下の腕輪】に捕らえられた。バルナバスは隠れてそれを見ていた。ざまあみろと内心あざ笑う。


 そしてガライがザマロの持つ魔道具を取り上げた。ほっとしたようにリースエルが微笑んでガライに寄り添った。


 その瞬間、カッと腹の奥が焼けた。


 恨み重なる【深闇の狩人】が痛い目にあったのはいい。だがそれは作戦が失敗したということだ。子爵領にはダンジョンが存在し続け、リースエルを奪い返す機会は失われる。もう二度と彼女に触れることはできない。


 バルナバスはザマロが魔道具の力を使うのを見ていた。あれはダンジョンを支配し、思い通りに動かす力だ。


 あれを使えば。


 ダンジョンに置き去りにされ、極限状態にあったバルナバスは精神的に不安定になっていた。執着するリースエルの姿を見て、そのタガが外れた。


 背後から剣を突き立て、倒れるガライの手から魔道具を奪い取る。


「ガライ!!」


 愛しいリースエルが悲鳴を上げたが、今は魔道具だ。バルナバスは鎖を首にかけ、キューブを握り締める。


「お……おぉ……ぉ」


 視界が開ける。世界が変わる。十八層に及ぶダンジョンの全貌が見えた。逃げ遅れた冒険者が地上に出ようとあがいている。


 バルナバスがコアとリンクした時、すでにダンジョン内の魔物は全滅していた。そのためザマロと違い、掌握すべき情報量は格段に少なかった。精神状態が正常とは言い難かったこともあり、バルナバスはそれを受け入れることができてしまった。


 ザマロが階段を作っていたことを思い出したバルナバスは、通路をぎゅっと狭めた。冒険者はぷちゅんと潰れた。


 弱者と見下された自分が、あまりにもあっけなく命を奪えた。そのことに、バルナバスは高揚した。


 できる。思い通りにできる。思うだけでこの世界ダンジョンを自由にできるという全能感。


 バルナバスの顔が笑みの形を作った。悪魔のようであり、ピエロのようでもある歪んだ笑顔。


「貴様、よくもガライ様を!」


 クリフが叫んでバルナバスに向かってくる。


 バルナバスは自分の目とダンジョンの目の両方でそれを見ていた。見えない場所などない。自分にはすべてが見える。


「アハ、アハハハハ!」


 床から巨大な手が飛び出し、襲ってくるクリフを跳ね飛ばした。


「ボクは神になったのネン! このダンジョンせかいはボクが支配しているのヨン!」


 壁から、床から何本もの手が這い出して、縛られているザマロたちを叩いた。身動きできずされるがままの男たちは、悲鳴を上げながらゴロゴロと転がされる。


「リース!!」

「きゃあああっ!!」


 戦っているものとは別の手が、リースエルの体を握って持ち上げた。


 床が動いてバルナバスを包むように変形し、エントランスの広間も大きく形を変える。


 バルナバスを包みこむように巨大な玉座が出来上がった。床はボウルの底のようになり、そこから生えた手が玉座を捧げ持つ。


「くっ……放しなさい!」


 ゆらゆらと動く手がバルナバスのもとへリースエルを運んでいく。


「ああ、リースエル。やっとボクのものになるのネン」


 頬を撫でられたリースエルはたまらず悲鳴を上げた。

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