第38話 似て非なるもの

 階段を作りながら黙々と歩いてきたザマロは、見覚えのある一層に出たことで息をついた。


 いきなり身体能力が平凡そのものに落ちたことで、体力も持久力も自分の感覚に追いつかない。半ば息を切らしながらようやくたどり着いたことに安堵する。


「ザマロさん、出口ですよ!」

「やった!」


 ゴールを前にして男たちは喜色を浮かべる。


 【月下の腕輪】は閉じ込めてきた。ザマロがコアを奪ったことはバレていない。コアガーディアンはダンジョンから出られないだろうが、元々こんな目立つものを連れて行く気はない。異変が起きたダンジョンから命からがら逃げてきた被害者だ。知らん顔で子爵領を出てしまえばこっちのもの。


 ユーゴの読み通り、テリトリーの管理を放棄したザマロはダンジョン内部のことを何も知らなかった。襲ってくる魔物がいないのも主なら当然だし、コアルームがどうなったか監視もしていない。


 テリトリーの一部が浸食されていることは手足の違和感として感じていたが、それも魔道具の代償だと思い込んでいた。


 ザマロは斥候としての能力を失っていることを隠していたし、他のメンバーはそんなこと思いもしない。ダンジョンを思い通りに操り、強力なガーディアンもいる。周囲の警戒など必要だと思っていなかった。


 彼らが無造作にダンジョンのエントランスである広間に踏み込んだ時。


「待て、ザマロ!」

「逃がさんぞ!」


 ダンジョンの入口から駆け下りてきた者たちに【深闇の狩人】は驚愕する。


 正面に立つクリフ。油断なく構えるハーリー。戦意をみなぎらせたリースエル。厳しい目で睨みつけるマリア。


「ダンジョンの破壊を企んだ現行犯だ。ここを出られると思うな」


 ガライがザマロに杖を向けて言った。


 いるのは【月下の腕輪】だけではない。ダンジョンの外はグローツら兵士たちが固めているのが見えた。


「てめえらどうやってここに来た!?」

「答える必要はない」


 ガライはザマロの背後の男たちに向かって冷然と言った。


「お前たち、コアに手を出したら死罪と知っているだろう。なのになぜそんなことに加担した? ザマロに脅されでもしたのか?」


 ザマロは舌打ちした。その言葉に【深闇の狩人】の面々が動揺したからだ。


 事は露見しすでに包囲されている。この場を切り抜けても即手配が回って、子爵領から出るのは難しいだろう。捕まれば当然極刑。


 それをガライはわざわざ逃げ道を作ってやった。ザマロ一人に罪を押し付けて、自分たちは仕方なく従ったという言い訳をぶら下げてみせたのだ。


「僕はあまり人を死なせたくない。素直に従えば考慮するぞ」

「オ、オレは……」


 言いかけた魔術師をザマロが殴った。死兵は死ぬまで戦うから厄介だ。そうさせないための甘言に決まっている。


「馬鹿が! 今更見逃すわけねえだろ! 処刑が嫌なら死に物狂いで戦え!」


 同時にガシャンと動く鎧リビングアーマーが前に出ようとした。そこへ横合いから疾風のように黒鎧が突っ込んでくる。大剣と大盾が激突し、轟音がダンジョン内に響き渡った。


「女ッ……!」


 見覚えのあるほっそりしたシルエットの女騎士は、首を抱えていなかった。無言のまま大剣を振るう。迎撃する動く鎧は女騎士に釘付けにされ、ザマロから引き離されていく。


 他の者たちもそれぞれに【月下の腕輪】を迎え打つしかなくなっていた。ガライの揺さぶりが効いたのか、【深闇の狩人】には勢いがない。


 逃げる隙をうかがうザマロに、リースエルが突撃してきた。凡人に成り下がっているザマロには絶体絶命のピンチだ。


「畜生!」

「お前たちの悪だくみなど、一刀両断ですわ!」


 ザマロに援軍を召喚する隙は与えない。リースエルが嵐のように猛攻をかけてくる。ザマロは必死に逃げ回るしかなかった。





 同時刻、離れたところにあるクラウの首は主に抱かれて笑っていた。


「ハッ。紛い物は紛い物らしく猿真似か!」

「え、何の話?」

「ザマロが呼んだガーディアンが、私そっくりなのだ。これは笑える」


 ユーゴはザマロの持つコアがテリトリーに入らないよう、入口とは反対側にある吹き抜けで待機している。


 作戦決行に際し、ザマロが新しいガーディアンを召喚していることがわかった。さすがに【月下の腕輪】だけでは対処が難しいだろうと思ったユーゴは、クラウに出撃を要請した。だが当然クラウはごねた。


 主と離れるのは絶対嫌。守護者の存在意義にかかわる。いない間に何かあったらどうする。


 その反応は最初から予想できたので、ユーゴは妥協案を出した。いつぞや森で体だけ派遣したことがあっただろうと。


 「首は俺が抱っこしていてあげるから」と言えば、クラウはチョロかった。


 ユーゴにしてもクラウを通じて現場の様子がわかるので都合がよかったのだ。


「黒い動く鎧リビングアーマー、しかも首なし! ハリボテごときが私に勝てると思っているのか」

「よっぽど印象が強かったんだな」


 なんか気持ちはわかる。あれだけボコボコにされたのだ。強いガーディアンを呼び出そうとして、クラウをイメージしてしまっても仕方がないだろう。


 ただ残念なのは、デュラハンと動く鎧では存在自体が根本的に違う。妖精と器物だ。見た目が似ていようが、どうやったって別物でしかない。デュラハンを知らないザマロには召喚のしようもないのだ。


「じゃあ捕り物は無事終わりそうかな」

「うむ。今ザマロが捕縛された。他の連中ももう動けなくされている」

「動く鎧は?」

「スクラップに決まっておろう」

「デスヨネー」


 石塊の次は鉄塊か。ユーゴも体の力を抜いた。


「じゃああとはコアを解放して様子見だな。元通りになってくれるといいけど」


 呟いた途端テリトリーに圧を感じて、ユーゴは抵抗せず領域を手放した。浸食し返してくるのなら、コアは無事だったのだろうと思って。


 だが、直後にクラウが緊迫した声で言った。


「主! ガライが刺されて魔道具を奪われた!」

「えっ、どういうこと!?」

「バルナバスだ!」

「はあ!?」


 想定外の名前を聞いて、ユーゴはエントランスの方へ走り出す。その足元の床が、ぐにゃりと波打った。

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