第37話 隣り合うダンジョン

 ガーネはクラウを乗せたまま、馬車を引いていた。馬車といっても幌馬車や箱馬車ではない。戦車チャリオットである。


 その戦車に全員を乗せ、ユーゴは吹き抜けを上へと向かっていた。


「すげえ!」

「空飛ぶ馬車とか、まるでおとぎ話だ」

「デュラハンってすごい魔物なんだな……」


 ガライたちはデュラハンという存在をまったく知らなかった。さすがに地球の特定地域アイルランドの伝承から生まれた妖精だ。成り立つ土台がない異世界に、同種は存在しないらしい。


 まあこんなことができるのは、クラウ個人の特異性だと思うが。


 空中を飛ぶ体験に男どもは目を輝かせているが、女性陣の反応は真逆。


「ひぃ! リース様あ!」

「だ、大丈夫よマリア! ちょっとガライ! もっとしっかり捕まえていて!」

「魔術師の僕に二人分は荷がおも……」

「今重いと仰ったの!?」

「言ってない!」


 クラウはガーネの上から飛行型の魔物を切り伏せている。飛べない魔物は集まってくる同胞に押されて吹き抜けに転落していく。もちろんそれもテリトリー内での討伐と同様、MPとして計上されていた。


「なんかちょっとアレだけど、MPはあったほうがいいだろうし。うーん」


 戦うのではなく、レミングの行進よろしく自滅していく魔物たちに、ユーゴは何とも言えない表情を向ける。


 やはりザマロはコアの力を使いこなせていない。魔物たちの動きが制御されていないのが証拠だ。こうして無駄死にでしかない行動を放置している。ダンジョン内部で何が起こっているか把握していないと思っていいだろう。ならば相手のテリトリーに入っても気づかれない公算が大きい。


「クラウ、【深闇の狩人】は?」

「まだだ。すまぬ」

「いや、仕方ないよ。ってことは、階段作ってるな」


 もう十層を過ぎた。ほぼ垂直に上がってきているのにまだ追いつけないでいる。ザマロは『構築』を使っていたし、逃亡ルートを作ることを思いついてもおかしくはない。


「みんな、ちょっと聞いて」


 ユーゴは【月下の腕輪】を呼んだ。全員ユーゴに注目し、その言葉を待つ。


「ザマロなんだけど、みんなで捕まえてくれる?」

「当然だ。奴は明白な罪人。捕らえるのは我々の仕事だ」

「でも、正直クラウ殿に頼む方が早くて確実じゃないか?」


 クリフが胸を叩いたが、ハーリーは戦車を引く騎馬を見て言った。「さん」から「殿」に格上げされている。ザマロだけなら捕縛は難しくないが、さっきのようにガーディアンを呼ばれたりすると手に負えない。それはユーゴもわかっている。


「そうなんだけど。ええとね、ちょっと問題があって」

「問題?」

「今、この吹き抜けは俺のダンジョンなんだよ」


 【月下の腕輪】一同は顔を見合わせる。実際に目にしたのだからその通りなのだが、踏み込んだことを聞いていいのかどうか迷っているのだ。


 ユーゴはさりげない振りをして説明を続ける。


「俺も最近まで自覚なかったんだけど、どうやら俺ってダンジョンコアだったらしくて」

「自覚ないって!」

「不注意にもほどがありますわ!」


 渾身のカミングアウトにはツッコミが返ってきた。さすがに流してはもらえなかったようだ。


「ええと、ぬいぐるみをくれるダンジョンなら、あたしは大歓迎だよ?」

「飯が美味いってのは最高だ」

「とにかく君には恩しかないんだよ、僕たちは」


 マリアはユーゴからもらったぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて言い、ハーリーの言葉にクリフも頷いた。


 それぞれに戸惑う様子はあるが、嫌悪感ではなく、やらかした弟でも見るような雰囲気にユーゴはほっとする。


「それで本来ならダンジョンコアは、俺に取られたテリトリーを取り返そうとするんだけど」


 そう言うとガライがぽんと手を叩いた。


「ああ、そういうことか!」

「四層の騒ぎはユーゴのせいでしたのね!」

「ごめん! あの時はスキルを試してただけで、ホントに知らなかったんだよ」


 【月下の腕輪】は四層の事件の時、震源地にユーゴがいたことを知っている。今の状況と合わせて何が起きていたのかすぐに察した。


「まったく……知らなかったのは信じてあげますわ」

「ゆっくり話を聞きたいけど、それは後回しだね。話を戻そう」


 ユーゴは今まで人を傷つけようとはしたことはない。善良な性質であることはよく知っている。ダンジョンコアと聞いて一層謎は深まったが、ガライも今はそれどころではないと流れを修正した。


「今ザマロはテリトリーの管理を怠ってるみたいでさ。自動反撃だけでそのあと何もしてこない。魔物がリポップしてこないんだ」

「なるほど。下の階の魔物が出てこないのは、もう尽きてしまったということなんだな」

「うん。だから俺がテリトリーを放棄した時、ここがどうなるかわからない。もしコアがテリトリーを奪い返そうとしなかったら……」


 ユーゴのように人格があり自力で移動するコアなど例外もいいところだが、ダンジョンの法則は変わらない。


「そうか……ダンジョン崩壊を起こす?」

「そそ。それはちょっとマズイでしょ?」

「確かに」


 コアのないダンジョンが崩壊するのは、テリトリーが消え『構築』が維持されなくなるからだ。ユーゴがテリトリーを手放せば、ここはただの縦穴になる。ザマロの持つコアが再度テリトリー化しなければ、周囲の圧で崩壊するのみ。


「だからテリトリーから出たくないし、かといってさらに広げるのもどうかなあって感じなんだ。ザマロが俺のテリトリーに入ったら、その時点で外に出たことになりかねないし」


 ユーゴのテリトリーはコアにとっては外と同じだ。だからユーゴ自身はあまりザマロに近づけないし、クラウがそばを離れるとは思えない。


 捕縛は【月下の腕輪】主体でやってもらうしかないのだ。

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