第36話 動く鎧

 ザマロは走りながら、体調の異変を感じていた。


 体のキレが悪い。身につけている装備が重い。幻聴や幻視のような感覚が頭を埋め尽くし、足元がふらつく。


「ザマロさん、どうしたんすか?」


 立ち止まり壁に手をついたザマロに、パーティメンバーたちが声をかけてくる。


「ちょっと黙れ!」


 一体これは何なのか。ダンジョンコアとリンクしたことで何かが起こっている。それは間違いない。


「早く逃げないと奴らが……」

「黙れと言ってる! 奴らは閉じ込めた! 追って来れるわけないだろう!」


 ザマロはイライラを隠さず怒鳴りつけた。さっきまでいたのは最下層のコアルーム。一か所しかない扉は移動させ、壁を立ててふたをしてきた。出口のない箱の中だ。どうしようもないはず。たとえ、あの女の姿をした化け物であっても。


 とにかくこの異様な感覚をどうにかしなければ、まともに思考することもできない。


 呼吸を整えながらザマロはやがて、その騒音が『ダンジョンの知覚』なのだと気づいた。


 目も耳もないダンジョンコアが、どうやって広大な領域を管理しているのか。そんなことは考えたこともなかった。ただ魔物を生み、ドロップアイテムを生む力がある。金の生る木だとしか思っていなかったのだ。


 いくら魔物と戦いながらとはいえ、踏破するのに何日もかかる広大な地下迷宮。その内部を網羅する大量の情報が、コアを通じて一気にザマロに押し寄せていた。そんなもの普通の人間に処理できるわけがない。


 わからない、うるさい、来るな! 気が狂いそうだ!


 自我の危機を感じてザマロはそれを拒否した。


 幸いにしてその感覚は遠くへ追いやることができた。ザマロはテリトリーの把握を放棄したのだ。


 それによってやっと人間らしい感覚が戻ってくる。ザマロはほうと息をついた。


「大丈夫っすか?」

「ああ。さすがにダンジョンコアだ。精神を圧迫してくる」

「うへえ」

「ま、押さえつけてやったら大人しくなったさ」

「はは、さすがザマロさんだ」


 ザマロは自分を囲む仲間たちをぐるりと見回す。皆こちらをうかがうように薄笑いを浮かべていた。やや挙動不審な様子にザマロも歯を見せて笑ってやった。


 雑魚のくせに余計なことを考えやがったな。


 ザマロが弱った様子を見せたので、魔道具を持ち逃げする誘惑に駆られたに違いない。だが魔道具の使用に負担があると知った途端、伸ばしかけた手を引っ込めた。自分がリスクを負うのは嫌なのだ。


 弱者にはどこまでも強気だが、強者には媚びる臆病な屑である。ザマロも仲間と思ったことなどなく、ただ手駒として便利に使っているだけだった。


 こいつらは美味しいものが目の前にあれば、すぐ考えなしに手を出そうとする馬鹿だ。【深闇の狩人】はザマロの才覚なしにはやっていけない。その絶対的なリーダーを、一瞬でも追い落とそうと考えるとはなめられたものだ。


「新しいガーディアンを呼び出す」


 おそらく、あの黒鎧の女にいいようにあしらわれたのが原因だ。こいつらへの牽制のためにも、忠実な下僕は有用。


 ザマロは再び魔物の召喚を行った。やろうと思うだけで、その意思をリンクしたコアが実現してくれる。目の前で光の粒子が集まり、形を成していく。


 現れたのは二メートルを越すような全身鎧の騎士。黒光りする重厚な金属鎧に、背丈ほどもある大盾を持っている。腰には骨太な造りのロングソード。


 鎧の騎士は盾を構え、ぶんぶんと空気を震わせて何度か剣を振るった。一流の剣士のような滑らかで迷いのない動き。斬撃が飛び、ダンジョンの壁で衝撃音を響かせる。それから剣を収めた新たなガーディアンは、ガシャン、と鎧の音を響かせてザマロの前に跪いた。


 おおっ、とパーティメンバーたちが感嘆の声を上げる。


 通常目にする魔物とは、明らかに一線を画す動く鎧リビングアーマー。だがその鎧の上に首はない。それに気付いたザマロは小さく舌打ちする。


「さあ、さっさとずらかるぞ」


 ザマロは自分の力を誇示するように通路に手をかざした。床からステップが立ち上がり、みるみるうちに段差を増やした。天井に達すると、階段はその天井を抉るようにさらに伸びていく。


「うひょお、すげえ!」

「ダンジョンが庭になるってこういうことか……!」

「そうだ。このダンジョンは俺様の思いのままだ。さあ、行くぞ」

「「「へいっ!!」」」


 力を見せれば単純な馬鹿はひれ伏す。ザマロは満足の笑みを浮かべ、男たちと動く鎧を従えて階段を上がった。


 そこにはたまたま鳴動するダンジョンから逃げようとしている冒険者パーティがいた。彼らは正規の階段へ向かう途中、急に床から生えてきた階段に驚いて飛び退いていた。


 だがショートカットできるのなら、使わない手はない。顔を見合わせたのはほんのちょっとの間。冒険者パーティはすぐにその見慣れぬ階段を駆け上がる。


 そこへ【深闇の狩人】がやってきた。自分たちの前を行くパーティを見て、ザマロが眉を跳ね上げる。


「俺の階段を勝手に使ってんじゃねえ!」


 とっさにいつもの癖でベルトの投げナイフを投擲する。それより先に、主の敵意に反応して動く鎧が攻撃を仕掛けていた。


「ぐあああ!」

「ひいっ!」


 悲鳴のあとにはバラバラに切り裂かれた一パーティ分の死体が残るのみ。


「今の見えなかったぞ!」

「すげえガーディアンだな」


 抜く手も見せぬ瞬殺劇に、殺人狂たちは手を叩いた。


 ザマロは床から自分が投げたナイフを拾い、悠然と歩き出した。すっかり気が大きくなったパーティメンバーは、まるでピクニックのようにザマロの後をついてくる。


 が、ザマロは内心血が引く思いをしていた。


 ナイフをまともに飛ばせなかったのだ。思い返せば幻視も雑音もなくなったものの、体の妙な重さはそのままだ。


 こんな代償がいるなんて聞いてねえ……!


 ザマロは認めざるを得なかった。鍛え上げてきた身体能力が失われている。魔道具のせいとしか思えない。


 


 ザマロはリンクすることでコアの強大な力と同時に、無力であるという性質をも継承してしまっていた。

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