第35話 守護者の格

 ぶわりと風が巻き起こった。ドームのようになっている広間の天井近くまでガーゴイルが飛び上がったのだ。そこから地上のクラウ目がけて次々と石の槍が降り注いだ。どうやら地属性の魔法が使えるらしい。


「ゴーレムに気を取られたな! 飛んでしまえばこちらの……」


 言いかけてザマロは言葉を失った。一方的に攻撃できると思ったのも束の間、石槍をものともせずクラウが上空へ舞い上がったのだ。


 クラウの乗騎――ガーネという名前がついているのだが、翼もないのに宙を駆ける能力がある。足元に炎がまとわりついているあたり、実は馬ではないような気がする。


「主の前にひれ伏せ」


 クラウはガーゴイルの頭上まで駆け上がった。すると委細承知とばかりにガーネが力強くガーゴイルの頭を踏みつける。破砕音を轟かせて、ガーゴイルは頭から床に激突した。派手に破片が飛び散り、その欠片の一つがザマロの頬を裂いた。


 上半身を失ったガーゴイルは、もうぴくりとも動かない。


 勝ち誇っていたザマロはものの数分で顔色をなくし、目は虚ろになっていた。


 ガーディアンを召喚して圧倒的有利と思ったら、片手でひっくり返された。援軍のゴーレムはあっさり蹴散らされ、飛べば何とかなると思ったら余裕で粉砕された。


 十七層で階段をふさがれた時以上の絶望が、ザマロの意気をくじいていた。


「化け物めッ! 何だ、何なんだお前はアッ!」


 ザマロはヒステリックに叫んだ。もはや態度を取り繕う余裕もない。幻術だと思いたいが、頬の傷が熱と痛みを伝えてくる。


「そんな石塊いしくれなんぞと私は格が違う。すでに名乗ったが、もう一度聞きたいというなら聞かせてやる」


 ユーゴの前に降りてきたクラウは艶然と微笑んだ。


「私はクラウ・ソラス。主に召喚された名持ちネームドのデュラハンであり、未来永劫主の守護を務める者」


 いや、言いたかっただけじゃ。と、ユーゴは微妙な表情になる。とにかくクラウは折に触れユーゴ大好きをアピールしてくるのだ。ユーゴに対してだけではなく、知る者全員に懇々と語りそうな熱意を感じる。


 とはいえ、ユーゴはもうその重さにたじろぐことはなかった。未来永劫はどうかわからないが、彼女は共にいてくれるというのだ。それは心強く、嬉しいことだった。


「もう戦っても無駄だとわかっただろう。その子を返せ」


 ユーゴが降伏を勧告すると、ザマロの目に光が戻った。


「……そうかい。てめえみたいなガキに見下されてたまるかッ!」


 クラウは強者だ。ガライは貴族という権力者であり、【月下の腕輪】はエークでも有数の冒険者だ。だが目の前の少年は。


 到底戦えるとは思えない細い体。武装もなく頼りない子供。そんなユーゴに下れと言われて、ザマロが納得できるわけがなかった。


 待機していたゴーレムが突撃を始める。同時にザマロたちの前に壁が生まれた。【月下の腕輪】の背後にある扉が消え、ただの壁になる。


「大人しく捕まってたまるか! ダンジョンに食われろ!」


 壁向こうから怒鳴る声がし、走り去る足音が聞こえた。


「主! ダンジョンの構造が変わった。逃げるつもりだ!」


 ゴーレムを蹴散らしつつクラウが見ているのは階段がある方向だ。どうやら壁で隔てておいて扉の位置を入れ替えたようだ。コアとリンクしてダンジョンの主になったというのは本当だったらしい。つまりここはザマロのテリトリー内だということ。


「閉じ込められた……?」


 扉はもうない。クラウが宙を駆けるのを見たからか、ザマロはご丁寧に天井まで作っていた。コアルームの半分ほどのスペースに置き去りにされた形だ。


「くそっ……」


 クリフが扉があった場所に剣を叩きつけるが、かすり傷すらつかなかった。『構築』されたものは、『構築』し直さない限り状態を維持し続ける。たとえクラウであっても穴を開けることはできない。


「一体どうしたら……」


 どれくらいでザマロが地上にたどり着くか。来た道を正直に戻っているなら数日かかるが、ショートカットの階段を構築されたら半日ほどで外へ出てしまうかもしれない。そうなればこのダンジョンは崩壊し、他の冒険者もろとも生き埋めだ。


 ガライたちは互いに顔を見合わせて、最後にユーゴの方を見た。どうにかする手段があるとすれば、それはユーゴに期待するしかないと思ったのだ。


「ガライ、ごめん。ちょっとダンジョンを壊すけど、あとで元に戻すから」


 ダンジョンの正統な主は持ち去られたコアだが、法的には一応ガライの財産だ。


「僕たちがどうにかできるものじゃない。君に委ねるよ」


 ユーゴは頷いて、テリトリーを円筒状に展開した。


 このコアルームからそのまま天井をぶち抜いて上へと伸ばし、同時に『構築』を使ってテリトリーそのままに円形の吹き抜けを作る。瞬く間にまたダンジョンが形を変え、【月下の腕輪】一同は驚きの声を上げた。


「ちっ、さすがにMPが足りないか」


 十八層分を作るのは無理だった。だがそれなら補充すればいいだけのこと。十七層、十六層とつながった吹き抜けに、防衛本能に駆られた魔物が次々と飛び込んできた。当然出入りできる穴は開けてある。


 ザマロはさぞ驚いているだろう。ダンジョンの中にいきなり感知できないエリアが生まれ、魔物が暴走を始めたのだから。


 コアの能力を知ったばかりのザマロに、何が起こっているかわかるだろうか。


 他者のテリトリー、ひいてはユーゴを排除しようとする魔物を、クラウが片っ端から捌いていく。


 自分のテリトリー内なら死体の回収も自在。というか、ユーゴが回収しないと消えないので積み上がってしまう。MPを補充しつつ、ユーゴはテリトリーの階層を上げていく。


「クラウ、全員を運べる? 無理なら何か召喚するけど……」

「不要だ! 私一人で足りる!」


 襲ってくる魔物を迎撃しながら、食い気味に返事をしたクラウにユーゴは笑う。


「移動しながらザマロの居場所を探して。上までつなげるから」

「あいわかった」


 唖然とした顔でユーゴのやることを見守っていたガライが訊ねた。


「一体どうするんだ?」

「一層まで先回りする。やられたらやり返すのが礼儀だよ」


 意外に根に持っていたらしい。距離的には十七倍返しである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る