第34話 道化の奇術

 ガーゴイルが鉈を振るった。クラウはろくに回避することもなく、横一文字の薙ぎ払いを受けた。


「クラウさん!!」


 【月下の腕輪】から悲鳴が上がった。切断された首が宙を舞う。マリアは思わず目を覆い、リースエルは逆に目を逸らすまいとそれを見つめた。


「ザマロ!!」


 ガライはガーゴイルの陰に立つザマロに怒りの目を向け、そこでザマロが眉根を寄せていることに気付いた。


「あの女が、棒立ちでやられた……?」


 ザマロは殺人鬼だ。これまで数えきれないほど殺してきた。だから手を出していい相手と、そうではない相手を見分ける嗅覚には自信があった。


 あれはヤバイやつだ。ザマロは一目見た時からそう感じていた。だからいたぶることなく、速攻で殺そうと思った。コアガーディアンならいかなる猛者でも簡単に始末できるだろう。だがそれにしても、無抵抗で殺されるはずはない。


 ザマロはもっと自分の勘を信じるべきだった。


「何だ、この程度か」


 女の声がした。


「やはり図体がでかいだけの、ただのこけおどし……」

「ちょっと! 今の狙ったよね!? わざと俺のところに飛んだよね!?」


 少年の怒鳴り声がした。


「いや、奴の攻撃がどれほどの速度か試そうと」

「じゃあ何で都合のいいところで切られた振りしてんのさ!」


 全員が目と耳を疑った。


 切り飛ばされた女騎士の首は、白髪の少年の胸に飛び込んでいた。そして少年はまるで動じず、受け止めた生首と口論している。


 そういえば、首を落とされたはずなのに血の一滴も落ちてはいない。呆然とする人間たちを尻目に、黒鎧の体が動いて少年の手から己の首を受け取った。


「うむ。やはりこうでなければ」

「もう……いいよ、遠慮なくどうぞ」

「では主に我が勇姿をお見せしよう」


 半ば呆れたようにユーゴが離れると、クラウの傍らに黒馬が現れる。いつの間にかクラウの背にはマントがたなびき、黒鎧にも金装飾が増えていた。クラウが首を小脇に抱えてひらりと飛び乗ると、黒馬は前足を振り上げて高くいなないた。


「私はクラウ・ソラス! 主より名を授かりし永遠の守護者である!」


 ユーゴはポリポリと頭をかいて、半笑いを浮かべた。


「はいはい。かっこいいよー、クラウ」

「む。なんか脱力感があるぞ、主よ」


 その頃になって我に返ったザマロは、あまりの光景に逆上した。


「ば……馬鹿にしてんのかてめえ!!」


 何か魔術か奇術の類を見せられているのだとザマロは判断した。


 道化師の話術のようなやり取りでけむに巻かれるところだった。きっと殺したと思った瞬間に幻術にでもかけられたのだ。やはりあの女は一筋縄ではいかない。


「殺せ! 跡形もなく叩き潰せ!」


 ザマロが怒鳴る。


 ガーゴイルはクラウ目がけて次々と攻撃を放った。鉈を振り下ろし、切り払い、薙ぎ払う。だが一度もかすりさえしなかった。


 黒馬は軽やかに、ダンスでも踊るように馬蹄の音を響かせて飛び跳ねる。鞍はあれど手綱のない馬上で、クラウは片手に首を持ったまま悠然と構えるのみ。


「ザ、ザマロさん……あいつれるんですかい?」

「うるさい!」


 不安になって聞いてきた戦士をザマロは怒鳴りつけた。


 ザマロの焦りを映したのか、ガーゴイルの動きが早くなった。だが聞こえるのは鉈が空気を裂く音と、床を削る音だけだ。


「くそ、くそっ、死ねえ!」


 今度こそ鉈が女騎士を捉えた。そう思ったのは一瞬。漆黒の騎馬はするりと刃をかいくぐり、ガーゴイルの腕を踏みつけていた。【月下の腕輪】の攻撃で傷一つつかなかった腕が、もろい砂山のように砕け散った。


 ガーゴイルが膝をついて金切り声を上げる。ユーゴは思わず耳を塞いだ。


「ちょ、今までで最大の攻撃!」


 アレに似ている。黒板をひっかく音だ。背中がぞわぞわして気持ち悪い。


「……そうだ、飛べ! 上から攻撃するんだ!」


 ガーゴイルの翼を思い出して、ザマロは指示を出した。コア、つまり自分を守るために、ガーゴイルは地上戦をしていたのだ。飛んでしまえば女騎士の手が届かないところから一方的に攻撃できる。


 そう思ったザマロは急いで代わりに壁になる魔物を召喚した。壁を想像したからか、現れたのはゴーレム。ザマロは何体かを手元に残し、残りを【月下の腕輪】に向かわせる。強大な力を手に入れたはずなのに、思うようにいかない。楽しくなぶり殺しなどと言ってはいられなかった。


「ガキとそいつらを殺せえ!」


 ガライがそれに反応した。


「皆! しっかりしろ! ユーゴを守るんだ!」


 何が何だかよくわからないのは【月下の腕輪】も一緒だ。だが付き合いがある分いくらか耐性があった。


 クラウはユーゴの護衛だ。その護衛を、ユーゴはガーゴイルの相手をさせるために身辺から離している。ならば代わりにユーゴを守るのが筋というもの。


 クリフが、リースエルが。それからハーリーとマリアが、ユーゴを囲むように陣形を組んだ。


「迎え撃て……」


 ガライが怒鳴る前に、疾風のように駆けた黒馬がゴーレムの前に割って入った。


「ガライ」


 クラウが首だけをガライに向けて、唇を三日月形に吊り上げた。


「それは私のお役目だ。余計なことをするな」


 美しい彫像のような人間離れした笑みに、思わずガライは凍り付く。その間に、クラウは大剣を鞭に変えてゴーレムを薙ぎ払った。


 鞭を巻き付けて一体を捕らえ、それを片手で振り回し他のゴーレムをピンボールのように蹴散らす。ザマロのように幻影攻撃を疑う必要のなかった【月下の腕輪】は、見たそのままを事実として受け止めるしかなかった。


「ユーゴ、あなたたちは一体……」


 リースエルの声がわずかに震えていることに気付いたユーゴは、少しだけ寂しそうに笑った。

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