第33話 ダンジョンマスター

「ガライ、【深闇の狩人】がこの先にいる!」

「えっ!?」

「さっき偵察した時はいなかったぞ!?」


 ハーリーが目を見開く。


 戸惑いは一瞬のこと。【月下の腕輪】はすぐさま駆け出した。


 そもそもどうして【深闇の狩人】の動向をユーゴが知っているのだという疑問はあるが、それは後回しだ。


 この少年にいろいろ不思議なところがあるのは、この数日で皆わかっていた。そして同時にユーゴは味方だとも理解していたのだ。


 通路の向こうに走っていく人影が見える。


「ザマロ!」


 クリフが怒鳴ったが、あちらは振り向きすらしなかった。奥の扉を蹴り開け、中へと突入していく。


 追いついた時にはすでにザマロは台座の前で、薄笑いを浮かべていた。周囲に【深闇の狩人】のメンバーがおり、こちらに向かって威嚇するように武器をちらつかせている。


「ご苦労さん。俺たちの仕事は終わった」


 ザマロはその手に宝玉を持っていた。ガライがさっと青ざめる。


「ダンジョンコア……!」

「それをどうするつもりだ!?」

「安心しろ。別に壊しやしないぜ」


 ザマロはにやりと笑って、胸に下げている五センチほどのキューブに宝玉を押し当てる。するとキューブが開き、するりと宝玉を飲み込んだ。一度宝玉と同じサイズに大きく膨らんだキューブは、すぐに縮んで元の大きさに戻る。


「なっ!?」

「これは古い遺跡で見つかった特別な魔道具だ。どれくらい特別かというと、ダンジョンコアを別の場所に移植できるんだとよ!」

「何だって!?」

「ヘズッハ伯爵はダンジョンを盗むつもりですの……!?」


 あまりのことに呆然としていたリースエルが叫んだ。


「ご名答。これがあれば欲しいところにダンジョンを作ることができる。こいつはルザサイトを生み出せるコアだ。お宝すぎて笑いが止まらねえぜ!」


 ザマロはゲラゲラと笑う。仲間のならず者たちも桁外れの利益になると理解したのか、歓声を上げた。


「すげえ!」

「そういうことか!」


 死にそうな目にあいながらここまできて、逆転勝利だ。無理をした分タガが外れている。大声で笑い続けていたザマロが、ふと真顔に戻った。


「ところで何で伯爵の指図だと知ってるんだ?」


 ガライがザマロを睨みつけるように答えた。


「お前とバルナバスが会っていると教えてくれた人がいる」

「あーあー、なるほど。それでお前らも攻略に躍起になったってわけか。ハハッ、最初からバレてたとはな」


 ザマロは悔しがる様子も見せず、ぐるりと【月下の腕輪】一同を見回す。クラウを見たところでしばし視線が止まったが、すぐにその口元は吊り上がった。


「じゃあここで死んでもらうことになる。生憎だったな。知らなければ生き延びたかもしれないのに」

「何言ってるんですか、ザマロさん。見逃す気なんかなかったくせに」

「おい、バラすな。助かったかもしれないって思わせとく方が面白かっただろうが」

「屑め……!」


 【月下の腕輪】の側も抜刀して構えた。出入口は入ってきた扉のみ。そこを押さえているのはこちらだ。


「このまま貴様を行かせるとでも?」

「そりゃまさかだ。わかってるよ。こいつが生きてても、コアが持ち出されりゃは崩壊する」

「ダンジョンコアの奪取、破壊は重罪だ。アージン子爵の名において、貴様を捕縛する」

「やれるもんならなァ!」


 罪状を告げるガライに、ザマロは勝ち誇ったように大きく両手を上げた。眼前の空間が歪む。


 【月下の腕輪】と【深闇の狩人】の間に、巨大な影が現れた。


 五メートルほどはあろうか。ゴツゴツと節くれだった表皮を持つそれは、形は人型と言えるかもしれない。ただ頭部は不自然に長く、背には蝙蝠のような翼がついている。肉の削げたような顔には太い牙が見え、両手にはそれぞれ鉈のような武器を持っていた。


 そいつは【月下の腕輪】を見て、きしむような叫びを上げた。


「何だあれは……」

「敢えて言うならガーゴイルか?」


 張り詰めたガライの呟きに、クラウが冷静に応じた。軽く眉を寄せて続ける。


「醜いガーディアンだ。趣味が悪い」


 その言葉に焦ったのは【月下の腕輪】一同だ。


「な……!?」

「ダンジョンコアのガーディアンってことか!?」


 ずい、と前に出たガーゴイルの後ろで、片手で顔を覆ったザマロが狂笑を響かせた。


「よくわかったな、女! この魔道具によって、俺はコアとリンクしている。つまり今、ダンジョンの主はこの俺様ってわけだ!」


 ガタンと音を立てて背後で扉が閉まった。マリアがはっと振り向くが、もう扉はびくともしない。


「逃がさないのはこっちだ。助かりたいならこいつを倒してみろよ」


 さらに一歩近づいたガーゴイルに、意を決したようにクリフが剣と盾を持って突撃した。ガシン、と硬質な音が響き、クリフは反動で後ずさる。ガーゴイルがクリフを見た隙にリースエルが関節を狙って突きを入れた。が、これもやすやすと弾かれてしまう。


「なんて防御だ!」


 ガライが魔法を、ハーリーが矢を射かけるが、ガーゴイルは意にも介さず鉈を振るった。クリフがとっさにリースエルをかばい、二人は重なるように吹き飛ばされる。後衛も衝撃の余波を食らって床に転がった。飛び起きたマリアが蒼白な顔でクリフとリースエルに治癒を施す。


「通じない……!」

「当たり前だ! 大事なコアを守るために、ダンジョンは最強の下僕を召喚するものだからなァ」


 せせら笑うザマロに唇を噛んで、ガライがユーゴの方を見た。


「すまない、ユーゴ。君を守れそうにない。こんなことに巻き込んでしまって……」


 言いかけるガライにユーゴは首を振った。


「こっちこそごめん。俺が油断したせいだ」


 殺せなくても十七層でもっと徹底的に叩いておけばよかったのだ。ザマロがコアをどうにかする魔道具を持っていることも示唆されていたのに、それを奪うこともしなかった。情報を持っていたのにそれを生かすことを怠ったのだ。


「クラウ」

「主……」


 ユーゴは追い詰められた【月下の腕輪】をかばうように前に出た。当然クラウはさらにその前に出る。それを見たザマロは目を細めた。


「ああん? 覚悟は決まったってか?」

「ああ、決まったよ。……クラウ」


 ユーゴは目の端でこちらを確認する守護者に命じた。


「ダンジョンを敵に回すとどうなるか、教えてやって」

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