第32話 窮余の一策

 ぜーはーと肩で息をする【月下の腕輪】の面々。魔魚の群れは床に落ちて光となって消えていった。死に損ねてピチピチ跳ねていた一匹は、無造作に落とされたクラウの大剣で切り身になった。


「あ、ありがとう。クラウさん」

「主が危険となれば座して見ているわけにはいかぬ」

「ご、ごめんなさい。迷惑をおかけしましたわ」


 とりあえずガライの凍結魔法(範囲)は間に合った。ただ数が多いので、いくら動きが鈍っていても大変だった。しかもいつまで温度低下の影響が持つのか不確定だったために、余計に焦ることになったのだ。


 皆が戦っている間隠れて見ていたユーゴは、荷物持ちとしてドロップを回収する。実はどさくさに紛れて丸ごと回収した死体もある。尻尾の端でも触れば勝ち。


 ストレージのリストによればこの魔魚はルザーヌスというらしい。何で知ってるのと聞かれたら困るのでこの場では正式名称:魔魚(仮)である。


 気を取り直して一行は先へ進んだ。魔物の気配は薄い。注意して進めば数に囲まれることはなさそうだった。


 十八層はあまり広くなかった。ダンジョンは成長する時、テリトリーを広げてはコアルームを移動させていくのだろう。防衛線を張って後退。それを繰り返しているのである。だからコアに近い階層ほど狭くなる傾向がある。


 クラウの報告によれば、もう降りる階段はなかった。一番奥に広間がひとつ、ぽつんとあるらしい。おそらくそこがコアルーム。


「そうか、それならもう手出しはいらないかな」

「いいのか?」

「うん。邪魔が入らないなら、これはガライたちの仕事だもの」


 クラウを先頭に立てて進めば、広間まですぐに行けるだろう。敵は瞬殺、道にも迷わない。だがそれはなんか違うとユーゴは思う。


 ガライはダンジョンを守るために攻略しようとしている。領主として領地の財産を守り、ひいては領民の生活を守る。それは彼がやるべきことだし、侵してはいけない領分だと思うのだ。


 自分の方が上手くやれるからといって、他人がプレイしてるゲームのコントローラーを奪ったりしてはいけない。


 【深闇の狩人】は策にはまって、しばらく追いついては来れない。念のため背後に注意していれば、出し抜かれることはない。ユーゴはそう高をくくっていたのだ。


 もう少しで最後の広間を見つけられるだろう。それでガライたちが勝つ。そうユーゴが思った時、クラウが鋭く囁いた。


「主! 人間がこの先の小部屋に現れた! 【深闇の狩人】だと思われる!」

「そんな、どうやって!?」


 思わず大声を出したユーゴを、【月下の腕輪】の皆が振り向いた。





 四層の事例は冒険者ギルドでもあれこれと噂になっていた。他階層には影響がなかったが、【月下の腕輪】と他パーティが階層ボスに遭遇した件は、注意情報として公表されていた。


 とはいえ後日の調査では四層に階層ボスは見つからなかった。出現したのはあの時だけで、リポップはしなかったのだ。だからギルドも冒険者たちも、さほど危機感は持っていなかった。


 だが、十七層で同様の状況を目にした【深闇の狩人】は、楽観には程遠かった。


 階段は魔物にふさがれた。その上階層ボスが出現している可能性がある。何の準備もないまま下層のボスと戦うのは無謀すぎる。まともな手段で下へ降りるのは不可能だ。ザマロはそう考えた。


 実際にはそんな個体は発生していない。四層の時と違い、ユーゴがテリトリーを展開したのはごく短時間だったからだ。送り込んだ戦力はほぼ無事で、すぐに浸食は止んだ。ダンジョンは安心してそこで手を引いていた。


 ザマロにそんなダンジョン事情がわかるはずもない。


 【月下の腕輪】に先乗りされたら、コアにガーディアンが生まれてしまう。心臓部を守る近衛兵だ。当然階層ボスを上回る怪物が現れる。そうなったら【深闇の狩人】単独でコアへたどり着くのはまず不可能だ。


 このままでは、ゴール目前で敗北してしまう。


「ザマロさん、ここは……?」


 ザマロがやってきたのは、曲がりくねった通路の奥にある小部屋だ。小部屋の床には、穴が開いていた。斥候であるザマロは偵察でここまで来たことがあった。それでこの場所を覚えていたのだ。


「近道だ」


 のぞき込むが、中は暗闇に覆われて先は見通せない。


「まさかここを下りるってんですかい!?」

「地形的にすり合わせれば、コアルームの近くに通じているはずだ」

「そんな保証は……」

「じゃあ怒り狂った伯爵様に消されるか?」


 言いかけた治癒師はザマロに睨まれて黙った。


 ザマロに渡された魔道具は、ヘズッハ伯爵の虎の子の秘宝だ。あちらもこの千載一遇のチャンスに賭けている。


「やり遂げない限り、見逃してはもらえないだろうよ」


 男たちは青くなる。他人は死んでもいいが、自分が死ぬのは嫌だ。だがザマロの言う通り、失敗すればヘズッハ伯爵は激怒するだろう。いらぬことを知っている不要な駒を生かしておくとは思えなかった。


 やるしかない。ありったけのロープを使って、男たちは暗闇に身を投じた。


 光はなく周囲の様子はわからない。途中で魔物が襲ってくるかもしれない。手を滑らせて落ちるかもしれない。恐怖に心臓をつかまれながら、【深闇の狩人】はロープを下りて行った。


 やがて足下に薄ぼんやりした光が見えた。岩が見え、洞窟らしい地形が目に入る。


「やったぞ、十八層だ!」


 扉のない小部屋から見ると、向こうにコアルームだと目星をつけていた広間の入口があった。


 あたりに魔物の気配はない。絶望の反動か、【深闇の狩人】は狂ったように笑いながら広間へと走り出した。扉を蹴破って中へ。


 誰もいない広間の奥には台座があり、そこに直径十センチほどの宝玉が乗っていた。魔石とは比べ物にならない、強大な魔力が凝縮し形になったもの。


「俺たちの勝ちだ!」


 ザマロは宝玉――ダンジョンコアに手を伸ばした。

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