第31話 冷凍魚は案外美味しい
「あれは初めて見る魔物だな?」
「なんか綺麗ね」
空中を飛ぶように泳ぐ不思議な魚。虹色に輝く鱗を持ち、同色のヒレが左右の数か所、背中についており、尾は長くたなびくように揺らめいている。頭部には宝石のような石が埋まっていた。
ユーゴが想像したのはいかつくなった
「でも結構危険そうだね」
ゆったりと泳いでいる魚だが、時々姿が消える。目を凝らしてじっと見ていたら謎が解けた。消えたように見えるのは高速で動いたからだ。
「クリフ、あれに反応できるかい?」
「む……」
問われてクリフは唸った。全体を見ているからまだわかるが、目の前であれをやられたら難しい。
あの速度で体当たりされたら結構なダメージを食らうだろう。それ以前にあのヒレの輝きが怖い。どう見ても切れ味良さそうだ。
「……凍らせてみたら?」
皆がユーゴを振り向いた。こんなに注目を浴びるとは思わなかった。さっき全員で迎えに来られたばかりなのに、まただ。ユーゴはたじろぐ。
「あの魔物を知ってるのかい?」
「いや、知らないけど何となく」
単純に熱帯魚から連想して寒さに弱いと思っただけなのだ。
「よし、試してみよう」
「ええっ?」
ユーゴの提案は採用され、一匹だけ離れるのを待ってガライが魔法を撃つことになった。
「これといった根拠もないのに」
「いいのいいの。なんかユーゴが言うと正しい気がするし」
ガライは前衛に囲まれて攻撃のタイミングを計っている。テディベアの件でユーゴに甘くなったマリアが、にこりと笑った。
「ご飯は美味しいし、荷物は全部お任せで楽できるし、クラウさんっていう護衛まで来てくれてるでしょ。十七層も素晴らしく順調だったし、ユーゴがいると全部うまくいくって感じがするもの」
「そんなんでいいの?」
「ダンジョン探索してると、そういう験担ぎってばかにならないの。あ、ほら、やるわよ」
一匹の魚がすいーっとこちらの方へ泳いできた。すかさずガライが魔法を放つ。
さすがにあの大きさを凍結させることはかなわず、攻撃された魔魚は即座に反応した。が、その動きは悲しいくらい遅い。
「ユーゴの言った通りだ!」
「今のうちにやるぞ!」
「わたくし、魚を料理するのは初めてですわ!」
食べられるんだろうか、この魚。ユーゴがそんなことを考えている間に、こちらの刃物が乱舞して魔魚は無事討伐された。攻略法が合っていたことに、ユーゴはほっと胸を撫で下ろす。
マリアがグッジョブとばかりに、テディベアの手を握ってぱたぱたと動かして見せた。ユーゴは照れくさくて指先で頬をかく。
魚が消えた後には、額についていたと思われる宝石がドロップした。それを見たリースエルが驚いたように声を上げた。
「もしかしてこれ……ルザサイトじゃありませんの?」
「え?」
その一言で全員が宝石をまじまじと覗き込んだ。黒っぽい宝石は何故か虹色にぼんやりと光っている。もちろんユーゴはそんな石は初めて見る。だがガライやクリフ、ハーリーは心当たりがあったようで、顔色を変えた。
男たちが絶句する中、わからなかったマリアが同じ反応をしているユーゴの方に寄ってきた。
「なんか名前は聞いたことがあるような?」
「俺は聞いたこともないや」
異世界人だもの。体がどうあろうとも中身は日本人なのだ。知らなくて当然である。だが次のリースエルの言葉を聞いて、ユーゴとマリアも仲間たちと同じ表情になった。
「これ一個で金貨二十枚にはなりますわ」
「ほんとかい、リース!?」
「ルザサイトだとしたら、最高の魔法触媒でしてよ。特定のダンジョンでしか手に入りませんの。とても貴重なものですわ!」
金貨二十枚。しばらくエークで生活したユーゴが換算すると、およそ二百万円相当。バオロンの牙には届かないが、前提となる条件が違う。
今のように一つのパーティで狩れる相手なのだ。しかもまだ魚は何匹もいる。ここまで来るのは大変だが、かさばらない宝石だ。ドロップ率にもよるがかなり稼げると思う。
ユーゴは「ん?」と首をひねった。【深闇の狩人】はこのことを知っているのか。知っているとすればヘズッハ伯爵にも報告しているだろう。貴重な魔法触媒を生むダンジョンを潰そうとするだろうか。何か違和感がある。
貧乏貴族が裕福になるのが気に入らない? だが同じ寄り親を持つ同じ派閥の貴族だ。ガライはあんな性格だし、伯爵家も恩恵に与れると思うのだが。それを捨ててでも息子が可愛いのだろうか。
いやいやないわー。
と、そこまで考えたところで盛り上がった二人が手を取り合い歓声を上げた。
「やったよリース! これはうちの目玉になる!」
「ガライ、エークの発展は約束されましたわ!」
抱き合う二人。拳を握って吠える男たち。ユーゴはマリアと二人で手を叩いた。
「で、ガライ。喜ぶ前に凍結魔法を唱えることを勧めるぞ」
冷静極まりないクラウの声に、【月下の腕輪】はこちらに気付いた魚が群れで殺到してくるのを見て悲鳴を上げた。
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