第28話 持っている幸運

 ガライが「まだ若い」と言ったように、エークのダンジョンは比較的素直な造りをしていた。トラップの類がほぼないのだ。なので進行速度は道に迷うかどうかと、敵にどれだけ遭遇するかで決まる。


「はああっ!」


 気合一閃。リースエルの突きが真正面から魔物の眉間を貫いた。


 低音の金管楽器のような唸りを上げて、ニムワーが倒れる。頭部に斧のような角を持つ馬に似た魔物だ。あくまで全体の形が馬っぽいだけで、蹄ではなく三本爪の足だったり、尻尾は爬虫類っぽかったりする。


「もう一丁!」


 連れだって出てきたこちらはポーラグというウサギっぽい別物だ。異様に長い耳……ではなく連節になった角を振り回して襲ってくる。人間の腰ぐらいの大きさだが、見た目通り後ろ脚が発達していて自慢のジャンプ力で空中攻撃をかましてきたりする。


 鞭のようにしなって飛んでくる角耳を、クリフは味方のいない外側へと受け流す。飛び蹴りが来たのでカウンター気味に剣を振ると、ポーラグは胴の半分を割られて床に落ちた。


「そっちは!?」


 もう一匹のポーラグを射抜いて、ハーリーが後ろを振り向く。このウサギっぽい魔物は群れる性質がある。二匹だけとは思えなかった。


「大丈夫だよ~」

「あ。うん」


 のんびりとユーゴが答る。ユーゴは突っ立ったままだし、クラウはその半歩後ろで彫像のように整った姿を見せている。しかし周囲の床に何となく光る粒子の残滓が見える気がして、ハーリーは微妙な笑いを浮かべた。ついいつもの癖で後衛を確認してしまったが、今回は規格外が同行していたのだ。


「クラウさんマジ勇者……」

「勇者っていうか剣豪?」

「いつ戦ってるのかわからないあたり、凄腕暗殺者っぽい気も」


 ダンジョン内では領主と侯爵令嬢でさえ呼び捨てなのに、何故かクラウだけ「さん」付けだった。仕方がない。自然と「命のやり取り」という舞台で強者に敬意を抱いてしまうのだ。


「しかし順調ねえ」


 マリアがぽつりと言った。初見のフロアにもかかわらず、スムーズに探索が進んでいる。もちろん今は最下層目指して急いでいるので、フロア全体をゆっくり探索しているわけではない。だが予想外のトラブルには一度も遭遇していなかった。


「一応敵の少ない方を選んではいるんだけどな」


 ガライが言った。どの通路が階段に続いているかわからない。なので一つの指針として、戦闘時間短縮のため分かれ道では敵のいない、もしくは少ない方へと進んできている。


 それにしても楽に進んでいる気がしてならない。


 クラウが後背の守りを完璧にしてくれている分、楽に感じるのかもしれない。ガライがそう感謝の念を持った時、先行偵察に出ていたハーリーが戻ってきた。


「階段、あったぞ」

「え?」

「もう見つかったの?」


 あまりに順調すぎて運を使い果たしたのではないか。ハーリーは微妙に何かを飲み込んだ顔で頷いた。


 案内に従って行くと、そこにはちゃんと下への階段があった。一本道ではなく、他にもルートがあるのか通路が二本合流している。


「十八層か」


 十八層が最下層というのは確定情報とは言えないが、どちらにせよもう一息。随分ゴールが近づいてきた。





 【月下の腕輪】を追う【深闇の狩人】は、同じ十七層に潜んでいた。


「一体どうなってやがんだ、あいつら」


 彼らはすでにこの層を探索したことがある。倒された魔物がリポップするには多少時間がかかるため、【深闇の狩人】はその間隙を狙うことにした。一定の距離を置きつつ、【月下の腕輪】と同じルートを進むのである。ダンジョンで獲物を追うのは得意だった。


 そうしながらわかったことがある。初見のはずの【月下の腕輪】は、着実に最も安全な最短ルートを選んでいたのだ。


「ガライの奴がんじゃないか? 侯爵令嬢の婿探しが始まった途端に、ダンジョンを見つける男だからな」

「それにしたって」


 【月下の腕輪】には先行された。だがこちらは階層の情報と経験を持っている。余裕で追いつけると思っていた。丁度いい露払いとして利用しようと考えていたのだ。だから足手まといになりそうなバルナバスをセーフルームに置いてきた。あの若様に隠密行動などできるわけがない。


「ちっ、これじゃ玩具にもできやしねえ」


 状況次第で弱った【月下の腕輪】を闇討ちすることも視野に入っていた。だが追跡を始めてみれば、最小の労力で正解を突き進む彼らに隙はなかった。怪我人の一人もいないのだ。


 【深闇の狩人】は知らない。


 クラウの持つ広範囲の感知能力は、ダンジョンの構造を魔物の形として捉えている。つまりマップが見えているのだ。そして分身ともいえる乗騎のガーネを使い、魔物を間引き誘導して【月下の腕輪】に最善のルートを進ませていた。


「構わねえ。ここじゃなくてもゴール手前で抜ければいい。先にコアにたどり着けば勝ちだ。そうすればこのダンジョンは俺たちの庭になる」


 ザマロは胸にかかっている複雑な文様のキューブに手をやった。


「伯爵様からの魔道具ですかい? いわくのある品らしいっすけど、一体どんな力があるんです?」

「見てのお楽しみだ」


 パーティメンバーにニヤリと笑って、ザマロは追跡を再開した。

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