第27話 進化と共存

 ダンジョンにはそれぞれ個性がある。


 一体どうやってダンジョンが生まれるのかは誰も知らない。だが、識者が魔物であると判断する理由のひとつが、『ダンジョンの成長』だ。ダンジョンは存在する土地に適した形態に変化する。


「これってセーフルームなの?」

「あははは。まだ若いダンジョンだし、何か間違えたんだろうね。十層より下は、まだ探索者もあまりいないし。大勢来るようになれば広くなると思うよ」


 公式には未踏階層となっている十七層の入口。階段を下りたらすぐそこに極小の部屋がぽつんと一つ。「セーフルームには必須設備」とばかりに泉があるのはいいが、それだけで部屋が埋まっているのだ。ドアを開けても誰も中に入れず、水をくむだけの部屋になっている。


「間違えた?」

「ダンジョンはね、学習するんだよ」


 ハーリーが付近の偵察に行っている間、帰りを待ちながらユーゴはガライと話をしていた。


「砂漠のダンジョンには必ず水場があるって話。あれは、水があれば生き物がやってくるって学んで、そういう構造になるんだ」

「え? でもこのダンジョンにも何ヶ所も泉はあるよね?」

「最初はなかったんだよ」

「えええ?」


 発見者であり、最初期から探索しているガライが言うならそうなのだろう。ユーゴが驚くとガライは言った。


「ダンジョンは生物を内部に引き込むために、色々変化していくんだよ。例えばダンジョンの階層は大抵階段でつながってるけど、それは多くの人間が探索した結果なんだ」

「野性のダンジョンの探索記録を見ると、階段なんかありませんのよ」

「そう。動物や魔物しかこないからね。ダンジョンに最も多く侵入してくる生物は何か。それを学習して、入ってきやすいようにしたり欲しがるものを生み出したりする傾向が見られるんだ」


 ユーゴがガライと話していると、だいたいリースエルが参加してくる。なんだかんだ二人とも付き合いが長くなってきた。リースエルはあれでガライにべた惚れだ。「混ざりたいんだな」と微笑ましく思う。


「だからダンジョンが発見されて探索が始まると、ちょっとづつ変化が起こる。面白かったんで観察記録を付けてたんだ。家に置いてあるけど……」

「何それ見たい!」


 ユーゴが食いつくとガライがぱあっと満面の笑みを浮かべた。普通の冒険者がそんな記録を付けたりはしない。彼らは学者ではないのだ。発見初期からのダンジョンの変化の記録はかなり貴重な資料だろう。


「帰ったら見せるよ。もっとダンジョンのことがわかって、安全に共存できたらいいなと思ってるんだ。ユーゴの意見も聞いてみたい」

「共存?」

「ダンジョンは魔物……生き物だろう? 僕らは素材や魔石欲しさに探索するけど、あちらも人が探索することに何かメリットがあるはずなんだ。それが何かわかれば、ダンジョンともっと上手くやっていけそうじゃないか」


 確かにダンジョン側のメリットはよくわからない。探索で死人は出るが、人間を殺したいならもっと大勢死んでいるはずだ。魔物だとしたらむしろ大人しい部類と言っていい。攻撃的な方向ではなく、受け入れる方向に変化するのだから。


「ダンジョンって、実はものすごく進化が早い生き物なのかもなあ」


 魚が陸に上がったように、人類の祖が二本足で立ち上がったように。


 砂漠なら水を生み、探索者のために階段を作るダンジョン。環境や周囲の生き物に合わせて形や性質を変えていくのは、進化と言ってもいいような気がする。

 常に最適化を目指して、変化のスパンも恐ろしく速い。知性はなく本能でそうしていると考えられているが、進化が進んで頭のいいダンジョンが現れたら。


「……世界征服できちゃうかも」


 でも探索してくれる生き物がいなくなると困るから、人類を滅ぼしたりはしない。多分野生動物より貪欲な人間は、ダンジョンにとっても都合のいいお客様だ。


 惑星一杯に広がったダンジョンの上に、何も知らない地上の生き物が住んでいる。そんな絵面が浮かんで、ユーゴは思わずくすりと笑った。


「僕としてはこのダンジョンに長生きしてもらって、領地を潤してほしいな」

「何か特産品があればなおいいですわ」

「……マジックバッグみたいな?」


 ユーゴが言うと、ガライとリースエルは苦笑いを浮かべた。


「ま、まあ……あれば嬉しいですけど」

「このダンジョンはまだ若いから、そこまでは求めないよ」


 ガライは小部屋の泉に手を泳がせて言った。


「何年もかけてダンジョンがエークの一部になったら、自然と何か生まれるよ、きっと」

「そうですわね。エークらしいドロップ品が見つかるといいですわね」


 ガライたちは生き物としてのダンジョンが、領地の一員となることを期待しているようだった。


 そうこうしているうちにハーリーが戻ってきて、ダンジョン談義はお開きになった。


「ざっと見てきたが、徘徊してる魔物は上の階とあんまり変わらなさそうだ」

「なら下り階段を探しに行こうか」


 【月下の腕輪】は隊列を組んで移動を始める。ハーリーとクリフ、リースエルが前列。マリアとガライが後列だ。ユーゴとクラウはさらにその後ろにつく。


 ガライがマッピングを始め、マリアがそれを手伝っている。ハーリーがやや先行して気配を探り、クリフとリースエルは左右を警戒していた。


 背後はクラウが豪語した通り、未だ襲撃を受けたことはない。正確には襲ってきた相手はクラウに即殺され、ユーゴに回収されている。


「クラウ」


 小さな声でユーゴがクラウを呼んだ。


 クラウが軽く身をかがめて耳を寄せる。頬に手を当てているのは頭を落っことさないためだ。正直クラウ的には首を外してユーゴに寄せたいところだが、最後尾で薄暗いといっても見られたら言い訳できない。


「何か? 主」

「ちょっと、手伝おうかって思うんだ」


 クラウは魔物ならではの広大な感知能力を持っている。それを知っているユーゴは、自分の望みをクラウに告げた。

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