第14話 反則
丸まったリカントロープに剣が、魔法が突き刺さる。よほど苦しいのかリカントロープはうずくまったままだ。さしもの階層ボスも、このまま成すすべなく
「毛皮が……!」
「かてえ!」
下級冒険者の攻撃はほとんど効いていなかった。剛毛の毛皮は生半可な攻撃を通さない。【月下の腕輪】の方はさすがに傷を負わせていたが、リカントロープは再生能力を持っている。総合的なダメージは期待ほど出ていない。
そうこうしているうちに匂いのダメージから立ち直ったリカントロープが、血まみれで立ち上がった。涙と鼻水にまみれて狼顔もひどい有様だ。
倒し切れなかった。
冒険者たちは飛び離れ、次の攻撃に備えようとする。リカントロープが口を開け胸が大きく膨らんだ後に、轟音がダンジョンの空気を揺るがした。
それは咆哮。肌に叩き付けられる怒りの叫び。それは一部の魔物が持つ一種の魔法。
冒険者たちの動きが止まった。
「バインド……ボイス……」
辛うじて動く舌で、ガライが声を絞り出した。
下級冒険者だけでなく、【月下の腕輪】も叩きつけられた雄叫びに身動きできなくなっていた。ゆらりとリカントロープの腕が上がる。槍先のような爪が、ギラリと獲物に向けられた。
誰かが死ぬ。そんな予感に皆が背筋を凍らせた時。
「クラウ、やっちゃって」
「承った」
少年の声がして、黒い旋風が通り抜けた。
ユーゴは、眼前の戦いを興奮しながら眺めていた。
異世界に来て初めてのダンジョン。異常事態というトラブルはあったが、狩りは満足いくもので成果も上々。突然現れたボスも、冒険者たちの見事な連携で追い詰められていた。
まるでゲームや映画を見ているような、大迫力の大物狩り。クラウに不足はないが、あまりにあっさりと倒してしまっては面白くないのも確か。手に汗握る観戦ができてユーゴはテンションを上げていたのだ。
だが押していた戦局をひっくり返された。バインドボイスという能力。ゲームでも時々見る問答無用の麻痺攻撃だ。
もちろんピンチは英雄譚のスパイスだが、人が死んだら台無しだ。このままでは身動きできない人が殺される。見過ごすことはできなかった。
見ればクラウと目が合った。
ユーゴは知っている。彼女はちゃんと守ってくれるのだ。ユーゴが我慢ならないと思うことからも。
「クラウ、やっちゃって」
「承った」
ユーゴの一言でクラウは即座に行動に移った。
その大きさからは想像もできないスピードで大剣が走る。
今まさに冒険者を貫こうとしていたリカントロープの腕が、一撃で落ちた。返す斬撃で袈裟懸けに斬られた上半身が、下半身から斜めにずり落ちていく。
三つになったリカントロープから、とぷりと血が流れだした。
目撃した者たちはあまりの瞬殺劇に、バインドボイスが解けても声が出ない。
「……う、そ……」
血振りをしてクラウが大剣を背に戻す。振り向いた彼女は何の感情も見せず、無言のまま主のそばに戻った。
「ありがと、クラウ」
迎えたユーゴがにこりと笑うと、女騎士の表情が柔らかくほどけた。
「うわあ、反則……」
黒鎧の女騎士を目で追った冒険者が、その眩しさに呆然と呟いた。
リカントロープの死体は、淡く光る光の粒子になって消えていった。後には牙と爪、それと握りこぶし大の魔石が残された。
とりあえず初めての魔物だ。ギルドへ提出しなければならない。ガライは下級冒険者のパーティとユーゴたち二人に、後日報酬が分けられることを説明してそれらを回収した。
その後は四層の階段まで戦闘もなく、三層から上も先に逃げた冒険者たちが間引いたのか、最短ルートに敵影はなかった。【月下の腕輪】が道を知っているので、一行は間もなくダンジョンからの脱出を果たした。
地上に出るとそこは騒然としていた。コボルドが異常発生したとか、スタンピードの予兆だとか、冒険者も衛兵もざわざわと話し合っている。
ユーゴは「無限沸きでも引き当てたのか、ラッキー」などと思っていたが、そもそもあれがおかしかったらしい。
「そうか。考えてみればクラウじゃなかったらやられてたのはこっちか」
クラウは無双していたが、倒すのに時間がかかっていたら物量に押されていたはずだ。普通の冒険者だったらとっくに全滅していたかもしれない。
「さすがクラウ」
「ふふ、当然だ、主」
「……って、クラウ! 首っ!」
鼻高々に胸を張ったクラウの首が後ろにズレたのを見て、ユーゴが慌てて飛びつく。ダンジョン前で、【月下の腕輪】をはじめグローツや他の冒険者たちもいるのだ。こんなところで首が落ちたら大惨事間違いなし。
「今頃怖くなったのでしょうけど、人前でそれは破廉恥ですわ」
真正面からクラウに抱き着いたユーゴに、リースエルの冷ややかな声が投げかけられた。
「いや、これはその……」
「怖い目にあいたくなければちゃんと周りを見ることですわ!」
言い繕おうとするユーゴだが、リースエルは追及を緩めない。そのうちリカントロープにファーストアタックを仕掛けたパーティまで巻き込んでお説教が始まってしまった。
苦笑しながらそれを見ていたガライはふと呟いた。
「……ユーゴ君、バインドボイス効いてなかったな」
結構強烈なバインドボイスだった。自分たちも動けなくなっていたのだ。だがユーゴが命ずる声を、ガライは聞いている。
クラウという女騎士はその手際を見ても恐ろしいほどの強者。呪縛にかからなくてもおかしくはない。だがユーゴはとてもそんな風には見えない。
「不思議な子だな」
ガライは無事生き延びたからこその風景に笑みを浮かべながら、リースエルを止めるべく口を開いた。
「リース。それくらいにしないか? 僕らもクラウさんに助けられたわけで……」
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