第15話 破廉恥ですわッ!

 ダンジョンから戻ると、ユーゴとクラウは冒険者ギルドで事情聴取をされた。


 といっても、適当な部屋に陣取ってのんびり魔物を狩るつもりだったのだ。初めてのダンジョンだったし、おかしなことがあったかどうかなどわからない。


 というわけで、二人は役に立たないとあっさり解放された。ガライは別室で報告をしているらしく、他のメンバーはロビーで休憩していた。


 受付で討伐証明の買取を打診すると、横で聞いていたリースエルから呆れた顔をされた。


「よくそんな余裕がありましたわね……」

「一応商人なんで」


 ユーゴはうっかりしていたことに気付く。ダンジョンでは死体が消える前に証明部位を切り取るか、ドロップ品として残ったものを回収するかしかないのだ。


 テリトリーを展開していたユーゴは、倒す端から自分のストレージに全部死体を回収している。だから倒した数そのままの討伐部位を確保できていた。普通なら戦闘中に解体じみた作業などやっていられない。コボルドが押し寄せる中、地面にあるものを拾うのも大変だろう。


「戦うのはクラウに任せて、俺はせっせと回収してたんです」


 そう言って誤魔化した。さすがに全部出すとヤバそうだと思ったので、控えめにしておいた。素材の方は商業ギルドに卸すか、MPを使うがアイテム生成で別の商品にしてしまう手もある。


「戦えないのなら、ダンジョンに入るべきではありませんわ」

「そうですね。軽く見ていたかもしれません」

「ふん、私がいる。主には指一本触れさせはせん」

「強いかもしれませんが、なんだか危なっかしいですわね」

「なんだと?」


 クラウがリースエルに向き直り、氷の目を向ける。リースエルは怯まなかった。


「あなた先日冒険者になったばかりでしょう? 守る相手がいるのにあの状況で戦い続けるなんて、うぬ惚れが過ぎやしませんこと?」

「私に喧嘩を売っているのか?」

「事実を申し上げただけですわ。明らかな異常事態なのに退こうとは思いませんでしたの? それは勇敢なのではなく鈍感なだけですわ」

「口を慎め小娘ッ!」


 美女と美少女のにらみ合いに周囲の注目が集まった。ユーゴは剣呑な雰囲気に慌てる。


「二人ともやめて。喧嘩はよくないよ」


 ユーゴが割って入った。クラウが暴発していないのは、言われているのがユーゴではなく自分だからだ。だから「むやみに人を傷つけない」というユーゴの言いつけを守っているのである。


「彼女に戦いを任せているんだから、それ以外は俺が気を付けるべきでした。心配させてごめんなさい」


 ユーゴは素直に頭を下げた。リースエルは助けに来てくれた相手だし、厳しい言葉もユーゴたちを気遣ってのことだ。命の危険に気付かなかったのだから、叱られても仕方ない。


 ユーゴの対応にリースエルも矛を収めた。


「まあ、わかっているのならよろしいですわ。今後気を付けて下さいましね」

「はい。俺の失敗でした。でも……」


 ユーゴはリースエルを真っ直ぐ見て言った。一つだけ、訂正したいことがある。


「クラウは決して慢心していたわけではないので、さっきの言葉は取り消してください」

「はい?」

「彼女は自分の強さに酔って俺を忘れたりしません。退却しなかったのは問題ないと判断したからです。事実俺は怪我一つしていません」


 周囲で見守っていた冒険者たちがざわっとした。端の方から「あいつ知らないのか」「リースエル様に逆らうなんて」などという声が聞こえたが、ユーゴは黙殺した。クラウは凄いのだ。誤解されたまま侮られるのは嫌だ。


「主っ!」


 さっきまでの怒気もどこへやら。完全にふにゃふにゃの笑顔でクラウがユーゴに抱き着く。夜中に押し倒されかけてから、何だかスキンシップが増えた気がする。


「クラウ!?」

「嬉しいぞ! 主はちゃんと私をわかってくれている!」

「そりゃ……だって、俺はクラウの主なんだから」

「ああ、よい主を持った。私は幸せ者だ」


 クラウの体はユーゴを抱きしめる。首は頬ずりをしているが、固定されているわけではない。そんなことをすれば微妙にズレるに決まっている。


「やばっ」


 ユーゴはやむなく自分も頬を寄せてクラウの首を押し返す。これで位置は誤魔化せるはず!


「あなたたち……!」


 リースエルが眉を上げた。クラウが横目でそれを見て嫣然と笑う。


「よかったな、小娘。私は今機嫌がいい。先ほどの暴言などどうでもよくなった。忘れてやるからね」

「あなたッ……!」


 リースエルの頭にカッと血が上る。とっさに言葉が出ない。


 確かにあの状態で無傷のまま持ちこたえていたのはさすがだ。その後見せた実力も驚嘆に値する。少年には女を守る気概を持てとも言った。


 だがそういう問題ではない。この態度は許しがたい。公衆の面前で何をしているのか、この二人は。


「は……破廉恥ですわッ!」

「ハッ! 私の主への愛を阻めるものなどこの世に存在しない! こんなものでは足りぬわ」

「ちょ、待った! クラウ!」


 クラウがユーゴを抱き上げる。ユーゴはクラウの首が気になって支えようとする。結果、ユーゴはお姫様抱っこされてクラウの首にしがみついてるようにしか見えなくなった。


「クラウ! 首! 首!」

「えっ? ああ、すまぬ、主。もう少し、こっちに……」


 耳元で必死に囁くユーゴにクラウは姿勢を正すが、表情は陶然としていて本当にわかっているのか怪しい。


「ふ――ふざけないでくださいましッ!!」


 顔を真っ赤にしたリースエルがビシィと指をさして叫んだ。


「その根性叩き直して差し上げますわッ! 明日! ギルドにおいでなさい! わたくしが直々に指導いたしますッ!」

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