第16話 冒険者ギルドの資料室

 リースエルに怒鳴られて、ユーゴとクラウは冒険者ギルドを逃げ出した。


「いくら俺が貧弱でも、お姫様抱っこはないと思うんだ……」

「すまぬ。つい舞い上がって」


 物陰で膝をつき、ユーゴに首の位置を直してもらいながらクラウはうなだれた。


「まあ、そのポンコツぶりが可愛かったりするんだけどね」

「は……!?」


 ポンコツと言われて落ち込んだらいいのか、可愛いと言われて喜べばいいのか。複雑な顔でクラウはユーゴを見上げる。その頭をずらさないように撫でながら、ユーゴは笑った。


「とりあえず商業ギルドに行こうか。冒険者ギルドに出せない品物は、あっちで買ってくれるってフーリスさん言ってたし」

「了解した」

「MPに余裕あるし、この山ほどあるコボルドの死体、何にしようかな」


 確か買取相場表がギルドに貼ってあったはずだ。それを見て決めようとユーゴは商業ギルドへ足を向けた。


「品質のそろった商品ばかりで助かります。またよろしく」


 買取窓口の見覚えのある担当者に素材を売り払って、ついでに宿のことを聞いてみた。すると風呂付きの宿を紹介してくれたので、ユーゴは元の宿を引き払うことに決めた。





 昨日のコボルド大発生で、今日を含め三日間はダンジョンが閉鎖されている。安全確認のためだった。


「まあ僕たちは明日、四階を調べに行くんだけどね」

「そうなんですか?」


 ユーゴは隣に座るガライに問い返した。ガライは頷く。


「うん。ギルドが共有している資料の中に、ダンジョンで昨日みたいな異常発生が起こった記録があってね」

「へえ、冒険者ギルドにそんな資料があったんですね」

「非常にレアなケースだけど、偶然近くにダンジョンがもう一つできていたんだ。それと接触して縄張り争いになったらしい。だから今回コボルドが集まっていた周辺を重点的に調べる予定なんだ」

「縄張り争い……?」


 ユーゴがきょとんとすると、リースエルがそれ見たことかと口を挟んだ。


「ほら。やっぱり何も知らないのですわ。ダンジョンは魔物の一種ですのよ」

「えええっ!?」


 驚くユーゴに、ガライが笑って言った。


「あはは。そうは見えないよね。でも学者が何年も研究を続けた結果、そういう結論に至ったんだ」

「ちょっとガライ。講義の邪魔をしないでくださる?」


 冒険者ギルドの資料室。リースエルが『指導』の場所として決めたのはそこだった。


 大き目のテーブルと椅子。周囲には本や巻物、書類束などを詰め込んだ棚がずらりと並んでいる。エーク周辺に生息する魔物の資料や、事件記録。最近はダンジョン探索の記録用の棚も増えたのだとか。


 資料室にはリースエルと何故かガライもいて、ユーゴはつい話し込んでしまった。


「いいですか、知識は武器ですわ! 冒険者志望の若者はあちこちから集まってきますけど、無謀な探索で命を落とす者のなんと多いことか! 探索するなら無事帰ってきてもらわなければ困るのです! なのにほとんどの者が情報を知ろうともせず、行けばなんとかなると勘違いをして……」


 よく通る声ではきはきと持論を述べるリースエル。


「安全に探索できなければ、町を潤すこともできないというのに……おわかり?」


 リースエルの気迫に押されながら、ユーゴは「はい」と頷く。


「ダンジョンを資源として考えれば、人的被害が大きすぎると使えないですもんね」


 ユーゴが答えるとリースエルが目を丸くした。ユーゴは続ける。


「死亡率が高いってことは危険度が高いってことです。コストと成果が見合わなければ誰もダンジョンに行かなくなる。逆に安全に稼げるダンジョンなら、探索する人も増えて収益が上がると」


 ゲームの場合でも人気のダンジョンは、周回しやすく儲かるところだ。もちろんプレイヤーのレベルに合った難易度でなければそもそも行かない。


「エークのダンジョンは発見されて一年くらいでしたっけ? まだ攻略されてなくて、全貌がつかめない。今の時期にやりにくいダンジョンだと思われて人が減ると、困っちゃいますよね」


 資料室がシーンとして、ユーゴははっとして周囲を見回す。リースエルも、ガライも唖然とした顔でユーゴを見ていた。クラウが一人ドヤ顔を決めていたが、これはまたやってしまったパターンではないだろうか。


 リースエルが眉を跳ね上げ、警戒もあらわにユーゴに迫った。


「あなた、どこの何者ですの? 身なりも良い、凄腕の護衛を連れている、統治者の側の思考ができる……」

「たっ、ただの平民ですぅ!」

「そんな平民いるわけありませんわ! どこの貴族家の者かおっしゃい!」


 詰め寄るリースエルにユーゴはたじたじとなった。聞かれてもユーゴは答えを持っていない。ぶっちゃけまだこの国の名前も把握できていないのだ。


「何を企んでるの? ロルトトース侯爵家の娘であるわたくしをたばかれると思わないことよ?」

「侯爵家? ……って、上から二番目じゃないですかぁ! 俺貴族とは関係ありませんって!」


 公、侯、伯、子、男。自動翻訳が正しく仕事をしているなら順番もあっているはずだ。公爵はだいたい王家ゆかりの血筋が持つ爵位。侯爵は一般的貴族の最上位と言っていい。「どうしてそんなご令嬢が冒険者に混じってんの!?」と内心ユーゴは焦る。


「とぼけないで! まさかヘズッハ家の関係者ではないでしょうね!?」


 リースエルの口調がきつくなる。ヘズッハ家って何? と思ったが、それよりも怒気に気付いてユーゴはクラウを振り返った。もし彼女がリースエルに手を出したらもう町にはいられない。


「クラウ、やめて!」

「リース、彼は違う!」


 ユーゴとガライの声が重なった。ユーゴはクラウの、ガライはリースエルの腕をそれぞれつかんでいた。

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