第17話 自重しなければ紳士ではない
「どうして止めますの、ガライ!」
「君の考えすぎだ。ユーゴ君は奴らとは関係ないよ!」
「そんなのわかりませんわ!」
「もし彼が間者なら、こんなに素直に答えたりしない」
言われてリースエルは唇をへの字に結んだまま、振りほどこうとするのをやめた。
ユーゴはユーゴでクラウを押さえるのに必死だった。もちろん力でかなうわけではないが、ユーゴがしがみつけばクラウがそれを乱暴に振りほどけるわけがないのだ。それで何とか押さえていられるのである。
「放してくれ、主! 私は主の敵を倒すためにいるのだ!」
「だから敵じゃないんだってば! ただのご・か・いー!」
「しかし!」
「クラウの気持ちは嬉しいけど、俺が困るからやめて」
そう言うと、クラウは渋々剣の柄から手を放した。危ないところだった。
女性二人が矛を収めたのを確認して、男二人は同時にため息をつき顔を見合わせた。
「えっと、何を勘違いされたのかわからないけど、俺はただ旅をしててエークに立ち寄っただけなんです」
「ああ、わかってる。すまないね、こんなことになって。……リース」
ガライが軽く肩を叩くと、リースエルは唇を噛んで顔を上げた。
「その、あらぬ疑いをかけて申し訳ありませんでしたわ……」
「いえ、わかってもらえればそれでいいです」
リースエルが小さく腰を折って頭を下げる。そしてクラウにも謝罪した。
「ごめんなさい。あなたの大事な方を侮辱して」
「……謝罪を受けよう。主が許すというのに、狭量な真似はできぬ」
おおっ、とユーゴは目を丸くしてクラウを見た。デュラハンだからか、彼女は人間に対しても容赦がない。それがリースエルにまともな対応をしたのだ。
「こちらから呼び出しておいてすまないが、今日はここまでにするよ。この埋め合わせは必ず」
ガライはユーゴに謝ると、リースエルを連れて資料室を出て行った。確かに講義を続ける空気ではない。
残された二人はしばらく無言のままでいたが、やがてユーゴがクラウを呼んだ。
「クラウ。よく我慢したね」
成長したのか学習したのか。とにかくクラウが常識的に行動したのが嬉しくて、ユーゴがにっこりと笑顔を向けた。クラウは照れたように目を逸らす。
「私とて、主の意向を汲もうと努力しているのだ」
「うん。ありがとね、クラウ」
椅子から立ったユーゴがクラウの首を軽く抱擁する。クラウの表情が柔らかくほどけた。
「ギルドに資料室があったなんて知らなかったよ。講義は流れたけど、せっかく来たんだから自習していこう」
成り行きはともかく、この世界の知識が得られるのならとユーゴは結構楽しみにしていたのだ。
「何を調べるのだ?」
「何でもいいよ。クラウが興味があるもので。あとで宿で教え合いっこしよう」
「それは楽しそうだな。よし」
二人は昼過ぎまで思い思いに調べ物をし、遅い昼食を食べ歩きしながら宿へ戻った。
商業ギルドで紹介された宿は、町でも一番の高級宿だった。元々アージン子爵領はこれといった産業もなく、こじんまりとした弱小領地だったらしい。だから高級宿といっても豪華絢爛とはいかないが、それでも風呂のある部屋や客が使える大浴場もある。食堂ではフルコースの料理が出され、ルームサービスも可能。洗濯物も専用の籠に入れておけば綺麗になって返ってくる。
ダンジョンも閉鎖中。そしてストレージにはちょっとした金貨の山。MPはそこそこ潤沢。
ということで、ユーゴはダンジョンが再開されるまで宿でのんびりすることにした。のんびりするのになぜMPを気にするのかというと、実験するのである。
「テリトリー化……っと」
ユーゴはMPを余分に消費して近くの部屋を圏内に入れた。そして注意を向けてみる。商人らしい男が、部下を怒鳴っているのがわかった。
「あー……商売に来たのに、ダンジョンが閉鎖されてて仕入れが上手くいかなかったのか」
森で実験した時に、鳥の声やゴブリンの息遣いを感じられたから、人間もわかるだろうと思ったのだ。普段は外を出歩くから今まで試したことはなかった。だが今日は部屋から出るつもりはない。
「プライバシーも何もあったもんじゃないな。まあ意識しなければそこに『いる』としかわからないけど」
漠然とテリトリー内の人間の位置や数は把握できる。とはいえ、詳しく状態を知ろうと思うなら個別に意識を集中しなければならない。今まで狩りのためにしか展開したことがないから、実はこうして細かく検証するのは初めてだった。
「……広げてみよっと」
しばらく様子を見ていたが、テリトリーに気付かれた様子はない。離れたところから盗み聞きができれば情報収集に使える。人の集まる食堂や大浴場まで広げ……食堂までにする。自重しなければ紳士ではない。
「主、ここにテリトリーを置くのか?」
「ん? いや、実験実験。ダンジョンに行けるようになるまで情報収集しようと思って」
「ふむ。ならば私はこの部屋を守ることにしよう」
なんだかクラウが生き生きしている。デュラハンの意義にかかわると言って、人目がない時は小脇に首を抱える彼女のためにカーテンは閉めた。三階だから通行人から見られる可能性は低いが、念のためだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます