第18話 プライバシーと護衛任務

 メイドが午後のお茶のお伺いに来た。せっかくなので頼んで、ユーゴとクラウはテーブルにつく。バオロンの素材のおかげでそこそこ金持ちになったので、ちょっと贅沢しても大丈夫なのだ。


 何よりTPOに合わせるようにクラウに言ったら、室内ではワンピース姿を披露してくれるようになった。クラウならスーツも似合いそうだ。そのうちリクエストしてみようと思う。


 熱い紅茶とお茶請けのケーキをサーブして、メイドは静かに部屋を出て行った。


 二人だけになるとクラウはほっと息をついて、テーブルの上に外した首を乗せる。今では慣れてしまって驚きもしなくなった。ふと悪戯心が沸いてユーゴはクラウの頬を指先でつんつんとつつく。


 普通向かい合って座る女性の頬には手が届かないし、何より失礼だ。だが相手は絶対の忠誠を持つクラウ。それに、なんだかこうしてちょこんと乗っかっている首が可愛い。生首に怯えていた過去は、すでに忘却の彼方に投げ捨てられていた。


「あ、主っ!」


 慌てたように赤くなった首を抱え込むクラウ。テーブルで頬杖をついてニマニマしながらそれを眺めるユーゴ。いささかシュールなことを別にすれば平和な光景だった。


「ごめんごめん、つい」

「……もう」


 拗ねたようにちょっと膨れた表情をするクラウが、いつもより幼く見えてユーゴも口角を上げる。


「ギルドの資料室、何か面白いものあった?」

「うむ。主と共にあるなら、人間についても知っておいた方がいいと思ってな」

「うんうん」


 ただ命令に従うだけでなく、自主性が出てきたとユーゴは嬉しく思う。


「手配中の犯罪者リストや過去の事件の調書を読んできた」


 ユーゴの笑顔がピシッと凍り付いた。


 いや、確かに人間を知ることに変わりはないけど! でもよりによって最初のアプローチがそれ!?


 思わず脳内で突っ込む。


「手口一つにしても様々な手法があるものだな。感心した」

「そ、そう……」


 そこから詐欺師がどうやって人を騙したとか、殺人を隠蔽した方法の実例なんかを聞かされた。お茶もケーキも上等な品のはずだが、微妙な味しかしない。


「主は何を調べていたのだ?」

「ん……ダンジョンについて?」


 語尾がやや上がったユーゴにクラウが不思議そうな目を向ける。


「いやさあ、ダンジョンが魔物……生き物だなんて考えたこともなかったから」

「……ふむ?」

「俺、自分の記憶がないって話したよね?」

「ああ、名前の時だな」


 クラウに名付けた後、自分が何者かわからないことは話してある。この世界についてユーゴは何も知らない。だからクラウが知っていれば教えて欲しいと頼んだのだ。残念ながら召喚されたクラウの知識はユーゴ以下だったわけだが。


「でも元いたところのことは覚えてるんだ。そこにあったゲームや小説の中にダンジョンもよく出てきたけど、どれも場所……建造物としてしか描かれてなかったから」

「私も知っているというよりは感じるのだが、ダンジョンが生き物だというのは納得だ」

「え? 感覚的にそう感じるの?」

「ああ。敵地だと肌で感じた。主は敵意を感じなかったか?」

「俺、そういう感覚ないからなあ」


 殺気とか威圧とか言われてもわからない。武術でもやっていれば敏感になるのかもしれないが、多分自分はそういうものには縁がなかった。クラブ活動は帰宅部とかそういうタイプだと思う。


「ダンジョンにはだいたい最奥部にダンジョンコアがあって、それが心臓なんだってさ。ダンジョンの外にコアを持ち出されると、そのダンジョンは一時間もたたないうちに崩壊するらしいよ」

「なるほど」

「だから持ち主のいるダンジョン……エークの場合は領主様かな。そういう権利がはっきりしてるダンジョンのコアを持ち出すと、一族郎党関係者まとめて死刑になるような重罪なんだって」


 リースエルが熱弁していたように、経済の一翼を担う収入源になるからだろう。ダンジョンの崩壊は、鉱山が根こそぎ消滅するようなものだ。


「一度誰かがコアルームにたどり着くと、ボスモンスターが出現するようになるんだって。自己防衛本能? まあそういうところも生き物だって根拠になってた」

「そうだな。害される恐れがあるなら、守護者が必要だ」


 その言葉を聞いたユーゴは、何か引っかかりを感じた。だがその違和感が何なのかわからない。首をひねっていると、クラウの胴体が立ち上がって背中からユーゴに腕を回した。


「主には私がいる。安心して欲しい」

「うん、頼りにしてる」


 後頭部の柔らかな感触にちょっとドキドキして、ユーゴの思考がそれた。


「まあ、落ち着いたらまた稼ぎに行ってみようか。今日ガライさんたちが調査に行ってるはずだし、明日になれば何かわかるんじゃないかな」

「では明日は冒険者ギルドへ行くのか?」

「ううん。せっかくテリトリー化したし、ここにいる。閉鎖が続くにせよ解除されるにせよ、ここのお客が噂してくれるんじゃないかって思うしね」


 クラウはユーゴを放し、小さく手を叩いた。


「主は知恵者だな。存分に集中してくれ。その間私が見守っているから」


 テーブルの首が柔らかく微笑む。ユーゴは赤面した。


「いや、じっと見ててもつまらないでしょ」

「気にするな。私は楽しい。いつも寝顔を見ているが、主は可愛らしいしな」

「ちょ……!」


 それから一時間ばかり、ユーゴとクラウはプライバシーと護衛任務のすり合わせで意見を戦わせたのだった。

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