第19話 ベッドでゴロゴロすれば十分

 今までずっと、夜の間もクラウはユーゴの護衛をしていた。彼女が食事も睡眠も必要としないからだ。ちなみにアンデッドではない。これでも妖精である。


 だがまさか寝顔を堪能されていたとは思わなった。寝言で何かマズイことを口走ったりしていないだろうか。


 結局ユーゴはクラウに押し負けた。負けた原因は、ユーゴ自身の貧弱さである。ユーゴだって命は惜しいのだ。殺気もわからない、戦う力もない。だから目が離せないと言われたら逆らえない。


「ク……クラウ。さすがにここを襲ってくる奴はいないと思うし、たまにはゆっくり休んだらどう?」

「休んでいるとも。主に癒されている」

「うう……」


 これは駄目だ。ベッドに潜り込んだユーゴはクラウに背を向けて掛布団を引き上げる。とはいえ眠ってしまえば無意識に寝返りを打って、隠しようもなくなるだろうが。


「普通こういうのは逆じゃねえの……?」


 女の子の寝顔を見てニヤニヤするとか、恥ずかしがられるとかなら楽しいのに。立場が逆転している。


 悠然と椅子に掛け、膝の上に首を乗せているクラウ。首の向きはもちろんこっちを向いている。シンプルな部屋着のワンピースなので、リラックスしているのは見て取れるが寝る気配はない。


 ツインの部屋なのでベッドはもう一つあるのだが、昨日も一昨日もクラウは眠りはしなかった。ベッドメイクをしている従業員に変に思われないだろうか。


 それだ! とユーゴはクラウを振り返った。


「クラウ。人間の振りをするなら寝た振りもしないと!」

「ああ、安心してくれ。ベッドは使ったように見せかけてある」

「……そうですか」


 眠らなくてもベッドでゴロゴロすれば十分ということか。抜け目がない。


 ユーゴは諦めた。これ以上つついて「じゃあ一緒に」とか言われたら自爆する。


 落ち着かなくて眠気がこない。ならばとユーゴはテリトリー内を探ることにした。


 この世界の夜は暗い。日が落ちれば照明には金がかかるので、就寝時間も早い。ざっと探れば部屋にいる客は大抵眠っていた。食堂も今は閉まっているのでバーへと意識を向ける。そこでユーゴはびくりとした。


 カウンターの端にいる三白眼の男。ダンジョン前でドッグタグを持っているのを見て、グローツが詰め寄った相手だ。確かザマロといった。


 昼間見た時はいなかった。この宿に泊まっているのか? 武装はしておらず、宿と違和感のない、それなりにきちんとした服装をしている。どうやら隣の客と話しているようだ。


 隣にいるのはユーゴよりは一つ二つ上くらいの若い男だった。身なりはよく、財力もあるのだろう。頬も手も体もぷっくりしている。表情を険しくしているせいで、団子の真ん中に顔のパーツを寄せたように見える。その男は裏声かと思うような甲高い声で言った。


『何をぐずぐずしてるヨン! はやくリースエルを取り返すんだヨン!』

「は?」


 思わず素で声が出た。聞きとがめたクラウが腰を浮かせる。


「主?」

「クラウ、ちょっと静かに」


 手を向けてクラウを制し、ユーゴは集中した。


 この若い男には見覚えがある。今日チェックインしてきた客だ。箱馬車で乗り付けてきた年配の商人の連れの中にいたと思う。


『声が大きいですよ、バルナバス様』

『うるさいヨン! リースエルはボクの婚約者なんだヨン! それなのに……』

『御父上は何と?』

『これを渡すよう言われたヨン』


 バルナバス様? とやらは黒い箱をザマロに渡す。ザマロは少しだけふたを開いて中を確認し、唇の端を吊り上げた。


『確かにお預かりします』

『早くダンジョンを潰しに行くヨン! あのおっぱいをボクのものにするんだヨン!』


 バルナバスは特徴的な喋り方で、欲望に忠実なセリフを吐いた。ユーゴはため息をつく。


「確かにあの誘導兵器ミサイルは男の視線をがっつり牽引するけどさ……」


 バルナバスのおかげで間抜けな会話に聞こえるが、ちょっと看過できないワードが混じっている。


『今は無理です。ダンジョンは閉鎖されてますからね』

『閉鎖? そんなのヘズッハ伯爵家の威光でどうにかするヨン』

『アージン子爵領でできるわけないでしょう。そもそも冒険者ギルドの決定ですよ』


 ザマロは取り合わない。そしてユーゴは重要ワードその二に眉を寄せる。


「ヘズッハ家って、あいつがそうかよ」


 アレの部下かと疑われたと思うと腹が立つが、リースエルが敵意バリバリだったのも頷ける。多分直接顔を合わせれば相当イラッとするのは間違いない。


『ぐぬぬ……あの若造め、今頃揉んでるに違いないヨン! ボクのものなのにッ!』

『まだ婚礼前です。それはありません』


 ザマロは用は済んだとばかりに立ち上がった。


『準備ができたらお呼びします。それまで大人しくしていてください。でないと』


 ザマロはバルナバスに顔を近づけて威嚇するように笑う。


『ダンジョンに食われちまいますよ?』


 多分、軽く殺気を向けたのだろう。バルナバスはびくりと体を震わせ、コクコクと頷いた。


 ザマロはバーを出てエントランスへ。そのまま宿を出て行った。バルナバスは階段を上がり、自分の部屋へ戻っていく。そのあとはさっさとベッドに入ってしまった。とりあえずもう今日は動きはないだろう。


「うーん」


 ユーゴは唸る。リースエルを取り戻すとか婚約者とか、おまけにダンジョンを潰すとか言っていた。


「クラウ、ダンジョン前で見たザマロって奴覚えてる?」

「ああ。【深闇の狩人】とかいったな。そやつがどうかしたのか?」

「今聞いたんだけど」


 ユーゴは情報を共有しておくことにした。

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