第20話 お茶会のお誘い

 翌日、商業ギルドのフーリスから手紙が届いた。


「お茶会のお誘い? ううーん」


 ユーゴは眉を寄せて考え込む。


 商業ギルドとはいい感じに商売できているし、フーリス個人も嫌いではない。だがお茶会というのがそもそもよくわからないのだ。まさか普通に女の子がやるようなお茶会というわけはないだろう。


「ってことは、お茶会にかこつけた商談ってことかな」


 フーリスに連絡先を知らせているのは、商談があるかもしれないからとあちらに乞われてのことだ。バオロンの素材がまだあると読まれている可能性はあるし、ユーゴも条件次第で出してもいいとは思っている。他に使い道があるわけではないのだ。


 ある程度ここで基礎知識を仕入れたら、世界を回ってみたい。だから行った先で同じように顔つなぎに使えるかもしれないという漠然とした想定で、手元に置いてあるだけなのだ。


「どうするのだ、主?」

「一応行ってみるか」


 手紙自体は単なるお誘いであって、それ以上のことは書かれていない。ユーゴが深読みしているだけだ。


「せっかくここを主が掌握したのに」

「あはは。それもあるから迷ったけど、収支はマイナスにはなってないからいいよ」


 テリトリーの実験は意外な成果を上げた。朝起きてみたらMPが増えていたのだ。一瞬寝ている間に何者かが侵入してクラウに狩られたのかと焦った。だが聞いてみたらそんなことはなかったらしい。つまり自然にMPが回復していたことになる。


 今までと違うのは長時間にわたってテリトリーの中にいたこと。あとは宿の客たちだ。どちらが理由なのか、それとも両方ともなのかはわからないが、戦わなくてもMPを増やす手段があるのは助かる。


 それもあってユーゴは宿を出ることにさほど抵抗がなかった。戦闘で得るような効率はないが、減った分くらいは戻ってきた感じだ。でなければもったいないお化けが出ていたかもしれない。


 そんなわけで、行くという返事を宿の人に頼んで届けてもらった。明日迎えに行きますとまた連絡が来て、ユーゴはダラダラしながら一日を過ごした。


 例の伯爵令息を時々のぞいてみたが、食って寝てぐうたらしているだけだった。あとは付き人に八つ当たりをするか、女性客にちょっかいを出して止められるか。ロクなことをしない。ザマロが来るとしたら夜だろうし、ユーゴは見るのをやめた。


 気を取り直して泊まり客の情報を拾ってみると、予定通り明後日にはダンジョンは再開するらしい。結局その夜はご令息に動きはなかった。


 翌日昼過ぎにフーリスが馬車でやって来て、それに乗せられて二人はお茶会へ出掛けた。


「急な話ですいませんね、ユーゴさん」

「いえ、気にしないでください。それより、お茶会と言われてもよくわかっていないんですが……」

「大丈夫ですよ。あちらは気さくな方ですし、わたしも同席しますので」

「礼儀作法とか、気を付けなければいけないことあります?」

「ユーゴさんなら問題ないでしょう。元々そういうのにうるさい方じゃないので」


 やはり何者かとの面談になりそうだ。しかも偉い人っぽい。


 話しているうちに馬車は町の通りを抜け、静かな石畳の道へ出ていた。向かう先には泊まっていた宿より大きい、塔を備えた建物が見える。ユーゴの頬が引きつった。


「ええと、フーリスさん?」

「はい?」

「ちょっと急用を思い出して……」

「何言ってるんですか、今更」

「……ですよねー……」


 馬車はそのまま門を抜け敷地に入り、玄関の前で止まった。執事とメイドが馬車から降りた三人を出迎える。フーリスは慣れた様子で挨拶を返し、クラウは例によって平然としている。ユーゴだけがフーリスの真似をして挨拶しながら心拍数を上げていた。使用人が玄関ホールにずらりと並んだりしていなかっただけまだましだったが。


 応接室に通される。メイドが一礼して下がると、ユーゴはフーリスの腕をつかんだ。


「ちょっとフーリスさん、聞いてませんよ! どこなんですか、ここ!」

「それはですね……」


 にこにことフーリスが何か言おうとした時、応接室のドアがノックされた。


「よくいらっしゃいましたわ、フーリス殿。それとユーゴ、クラウ」


 執事が開けたドアから入ってきたのは、リースエルだった。貴族令嬢らしいピンクのドレスを着て、ツインドリルの髪にもリボンと花が飾られている。アーマーなしの胸部装甲は圧倒的な曲線を誇示しており、露出は高くないが柔らかそうな分いつもより武力の上昇は明らかだった。


「えっ、リースエル様?」


 ユーゴが間抜けな声を上げると、リースエルは少し眉を下げて優雅に一礼する。


「先日は大変失礼いたしましたわ。わたくし、知りませんでしたの。あなたがバオロンの魔石を納めてくださったこと」

「はい?」


 ユーゴがフーリスの方を見ると、彼はニコニコと言った。


「あれはアージン子爵からリースエル様のご実家、ロルトトース侯爵家へ結納の品として納められることになったんだ。いやはやよかった、よかった」

「ええええ……」


 事情がよく飲み込めていないユーゴを見て、リースエルが声を張り上げた。


「もう、何をしてらっしゃるの、ガライ! 早くおいでになって!」


 冒険者の時と変わらないその行動に、ユーゴの目が点になる。やがてバタバタと足音がして、ドアからひょっこり顔を出したのはガライだった。


「ああ、ごめん、お待たせして。タイを結び慣れてなくってね」

「もう。曲がってますわよ」


 唇をつんととがらせたリースエルは、ガライの首根っこをひっ捕まえるとタイを結び直した。


 ユーゴは呆然と新婚家庭のようなその光景を見ていたが、リースエルの実家とか結納とかいう単語を思い出して察した。


「あー……そういうことですか……」

「ユーゴさんはとっくに知り合いでしょう?」


 フーリスがにっこりと笑う。つまりは、ガライがそのアージン子爵なのだ。

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