第21話 ちょっと嬉しかったんだ

 庭のテラス席に案内されて、ユーゴとクラウはガライとリースエルのもてなしを受けていた。


「リースエルの『指導』があんなことになっちゃったお詫びと、魔石のお礼に」


 ガライはリースエルと並んで席に着くと、そう言って微笑んだ。


「ロルトトース侯爵家はこのあたり一帯の下級貴族の寄親ですの」

「それでリースエルと結婚するに当たり、少々見栄を張る必要があったんだ。バオロンの魔石を持ち込んでくれて助かったよ」


 リースエルは侯爵家の令嬢だが、政略結婚が必要なところには姉たちがすでに嫁いでいる。それで、結束を固めるため寄子の貴族家と縁付けることになったのだそうだ。


「わたくし、ガライに夜会で出会った時に、この人だ、と思いましたのよ」

「あの時からグイグイきてたよね、リースは」

「お嫌でしたの?」

「そ、そんなことは」


 見合いを兼ねたパーティで一目惚れしたのだとリースエルはのたまう。ガライはとっくにリースエルの尻に敷かれているようだが、満更でもなさそうだ。温和そうなガライにはこれくらいしっかりした嫁がいいのだろう。


「でも、どうして領主様と婚約者様が冒険者なんかやってるんですか」


 もぐもぐと生ハムのサンドイッチを食べながらユーゴは聞く。最初は身分が~、作法が~、とおろおろしていたのだが、リースエルの「わたくしもガライも細かいことを気にする性質タチではなくてよ」の一言で開き直った。


 テーブルの上には豪勢なフルセットが並んでいる。


 三段の大きなケーキスタンドには可愛らしいケーキだけでなく、サンドイッチや小型のパイ。籠にはスコーンが盛られ、クロテッドクリームやジャムが用意されていた。手元の小さなカップには薄緑色のスープ。添えられているのは一口大のサラミとチーズだ。


 正式な午後のお茶は、おやつではなくご飯だった。軽食というには重い気もするが、正式なランチやディナーじゃないから貴族的には軽食なのだろう。


「実はダンジョンを見つけたのは僕でね……」

「ええ?」


 アージン子爵領はぱっとしたところのない貧乏領地だった。そのため、父の死後跡を継いだガライは、何か使えるものはないかと領内を見回っていたらしい。するとなんとダンジョンらしきものを見つけてしまったのだ。


「本当なら冒険者でも雇って調べてもらうんだけど、貧乏な我が家はそんな余裕もなくてさ。見つけた洞窟が本当にダンジョンなのかどうか、自分たちで確認しにいったんだよ」

「あ、そうか。洞窟に魔物がいるからって、単に住み着いてるだけって可能性もありますもんね」

「そうそう。倒した魔物の死体が消えた時は、護衛の兵たちと抱き合って喜んだものさ」


 ダンジョンは金になる。だがいくら欲しくても都合よく発生するわけではない。普通の魔物と違って連れてくるのは不可能だし、見つかっても利便性のいい場所にあるとは限らないのだ。国境や領境にあろうものなら、戦争の火種になりかねない。


 その点エークのダンジョンは理想的だった。町からそう遠くもなく、周辺に強力な魔物が住んでいるわけでもない。


「早速国に報告を上げてうちの財産として認可はもらったんだけど、世の中世知辛くて」


 苦笑するガライに、ユーゴは首を傾げてしばし考える。


「あんまり人来なかったんですか?」

「そう。元々何もないところだろう? ダンジョンが見つかったといっても、本当に稼げるのかどうか、確証がないとなかなか来てくれなくてね」


 この国の地理をユーゴは知らないが、今までの話からするとエークは結構なへき地なのだろう。遠方のダンジョンまで行ったはいいが、得るものがなかったら困る。そんな計算で当初はごくわずかな冒険者しか来てくれなかったらしい。


「だから実績を上げるために、自分でせっせと通ったと……」

「そう。だから【月下の腕輪】のメンバーは、実はアージン家の家臣なんだ」

「そうこうしているうちに、上位の冒険者になっちゃったんですね」


 資料室でリースエルが冒険者の死亡率がどうこうとうるさかったわけだ。初期の頃は大変だったのだろう。


「じゃあ今はだいぶ状況は改善されたんですね」


 門前に並ぶ人々や、ダンジョンへの送迎馬車を思い出してユーゴは言った。


「ああ。人は増えたしおかげで財政も良くなって、町の整備も始められるようになった」


 ガライが目を伏せたので、ユーゴは首を傾げる。


「君は、エークのダンジョンのことを知らなかっただろう?」

「はい。すいません、何も知らなくて」

「実はちょっと嬉しかったんだ」

「え?」


 ガライは微笑んだ。


「ここは田舎だったって言ったろう? ダンジョンができて人も増え、賑やかになった。それ自体は歓迎すべきことなんだが、来る人来る人誰も彼もダンジョンが目当てで、町自体には興味がない」


 確かに冒険者の目的はダンジョンだ。商人たちだってそうだろう。エークは都合のいいベースキャンプでしかない。


「贅沢を言ってるのはわかってるけど、なんだかちょっと寂しくて。だから君がダンジョン関係なしにエークに来たと知って、思わず声をかけてしまったんだ」


 ユーゴは目を丸くする。何も考えずに最寄りの町を訪れただけだったのだ。なのにガライはそれを喜んでくれたらしい。


「ダンジョンではなく、エークの町に来てくれたことが嬉しかった。ここは僕の故郷だからね」


 たったそれだけのことで、ガライはユーゴに好意を持ってくれたのだ。偶然でしかないが、異邦人である自分を受け入れてくれたような気がして、何だか胸がじんとした。

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