第22話 持ってますよね、ユーゴさん

「ダンジョンで儲かれば、きっともっと魅力ある町にできますよ」

「そうだね。がんばるよ」


 そんなガライをリースエルが微笑を浮かべて眺めている。ユーゴもふと隣のクラウを見ると、にこりと返された。人の感覚を理解しているのかどうかよくわからないクラウだが、ユーゴの心情には敏感なようだ。


「しかしリカントロープの時も見事だったけど、クラウさんはバオロンまで倒してしまうんだね」

「あ、なんかと戦った後だったのか、結構弱ってたみたいで」

「それでもすごいですわ。本当に、申し訳ないことを……」


 リースエルがしゅんとした。人の近寄らない森や山の奥地に生息するバオロンは、強力な魔物で討伐数も少ない。そんなレアな品を贈ることで、ガライは大いに面目を果たすことができるらしい。


 ユーゴはそんなことは知らなかったし、単純にお金が欲しかっただけだ。あのリースエルにそこまでされるとむしろ落ち着かない。


「資料室でのことは、もう気にしないでください。おめでたい品として使われるなら俺も嬉しいです」

「ありがとう、ユーゴ。ガライが先に教えてくれていれば、あなたをヘズッハ伯爵の間者だなんて疑わなかったのに」

「伯爵家の関係者があんな立派な魔石を譲ってくれるわけはないからね」


 リースエルが拗ねた振りをし、ガライが冗談めかして笑う。そこでユーゴはハッと思い出した。


「あ……!」

「どうした?」

「俺のいる宿に、バルナバスって男が泊まってるんですが、そのヘズッハ伯爵家の人ですよね?」


 リースエルとガライがそろって固まった。


「本当かい? バルナバス殿が来てるって」

「たまたま話してるのを聞いたんです。婚約者を取り返すって息巻いてました」

「あんな奴の婚約者だったことなんて、一秒たりともありませんわ!!」


 リースエルが悲鳴のように叫んだ。よっぽど嫌いなのか嫌そうに自分の体を抱いている。ご立派なものがむぎゅっと押し出されてユーゴは自主的に目を逸らした。失礼だろうし何となく隣のクラウが怖い。


「リースの嫁ぎ先の最有力候補は、そのバルナバス殿だったんだ。でもエークでダンジョンが見つかって……将来性を買われて、僕が婚約者に選ばれた」

「バルナバスは納得いかなかったらしくて、ガライを逆恨みしているのですわ。女を体でしか見ないくせに!」


 おっぱいおっぱいと連呼していたのを聞いているユーゴは天井を仰ぐ。


 婚約が決まった後も、バルナバスはしつこくリースエルにつきまとったらしい。それもあって彼女は早々に婚約者のもとへやってきたそうだ。


 伯爵家と子爵家。普通なら嫁入り先に選ばれるのは伯爵家だろう。リースエルがガライに恋をしたことは考慮されただろうが、貴族の結婚はそれだけでは決まらない。ダンジョンができたことが決定打になったのだ。


「だからダンジョンを潰すって言ってたのか」

「何だって!?」

「何ですって!!」

「何と!?」


 ガライとリースエルだけでなく、フーリスも声を上げた。ダンジョンがなくなれば全員大問題だ。他人事ではない。


「ユーゴ、もっと詳しく!」


 もちろんそのつもりだ。元々冒険者ギルドで会えたら話をしようと思っていた。


 ユーゴは宿のバーでバルナバスとザマロが会っていたことを説明した。テリトリーを使ってのぞき見したことは言えないが、内容に間違いはない。


「【深闇の狩人】のザマロか……」

「あまりよくありませんわ、ガライ」


 ガライとリースエルは顔を見合わせた。【深闇の狩人】は評判はともかく、それなりに実力のある冒険者だ。エークでは五本の指に入る。それがダンジョン潰しの陰謀に関係しているというのは、楽観できる情報ではなかった。


 ガライは眉を寄せた。エークのダンジョンは明確な弱点を持っているのだ。


「……エークのダンジョンはまだ攻略されていない」


 現在最深到達階層は十四層。ダンジョンの規模や魔物の構成からそろそろ最下層に到達するのではないかと言われているが、まだ誰もコアまでたどり着いた者はいない。


「つまりダンジョンコアを守るガーディアンがいない」


 後に続いたクラウの声が、何かの宣告のように響く。ガライが頷いた。


「その通りだ。多大な魔力を秘めてはいるが、コア自体に戦闘力はない。見つければ簡単に奪い取ることができる」

「【深闇の狩人】はかなり深層まで行ってませんでしたか?」

「十三層だ。だが陰謀に加担しているとなれば、それが本当かどうか」


 ガライはフーリスに答えた後、考え込んだ。


「少なくとも【深闇の狩人】より先にダンジョンコアを見つける必要がある。ガーディアンが生まれれば、そうそう簡単にはコアに手は出せなくなるはずだ。最下層が確認できれば侵入禁止にもできる」


 鉱山と似た扱いを受けるダンジョンは、基本的に持ち主がすべての権利を持っている。今エークは冒険者ギルド経由で攻略を一般に許可している状態だ。


 だが今探索そのものを禁止にはできない。規模が確認できていないダンジョンを野放しにするのは危険にもつながる。まずは全容の調査が優先なのだ。それはダンジョンを所有する者すべての義務だ。それをして初めて、一部を領主権限で侵入禁止にすることができる。


「でも急ぎの攻略となれば、物資もかなり持ち込まないと」

「荷運び人が必要になるだろうね」

「未踏のダンジョンに来てくれるような方がいますかしら」


 フーリスはちらとユーゴに目をやり、攻略の相談を始めたガライとリースエルを見て、それからまたユーゴに顔を向けた。


「……持ってますよね、ユーゴさん」


 それを聞いたガライとリースエルがきょとんとこちらを見る。ユーゴは少し考えたが、どっちの味方をするかは迷うまでもない。


「俺とクラウが行きます。荷物はマジックバッグでお預かりしますよ」


 ユーゴがそう言うと、隣に座るクラウが主の手に自分の手をそっと重ねた。

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