第13話 階層ボス
薄暗がりに見えるのは、コボルドの倍くらいありそうな直立した狼だった。上位種のコボルドよりもさらに大きい。足も胸も腕も盛り上がった筋肉で鎧われ、濃灰の毛皮が全体を覆っていた。耳を立て鼻をひくひくとさせ、何かを探すようにあたりを見回している。
「リカントロープ……!?」
「まさか階層ボス!?」
「このダンジョンにはいなかったはずでは……」
【月下の腕輪】のメンバーから驚愕の声が続く。
「階層ボス?」
「ああもう、そんなことも知らないんですの!?」
ぽつりと呟いたユーゴの声を聞きつけて、リースエルがドリルをしなやかにひるがえして振り向いた。
「探索する人間……つまり敵が多いと、ダンジョンに強い魔物が現れることがあるのですわ。だいたいその階層の魔物より数段上の魔物が、階段の守備についたりしますの!」
「あ、はい。だいたいわかります」
「わかっているなら静かになさいまし!」
いや、そっちの方がうるさいんじゃ……という言葉は飲み込んだ。どう見てもテンパっている。それだけイレギュラーな事態なのだろう。
「だが階層ボスならなんでこんなとこにいるんだ?」
「何かを探してるように見えるが」
通路の曲がり角に身を潜めて、【月下の腕輪】の面々は相談を始める。ガライが眉を寄せて言った。
「戦ったことのない相手だが、やれるか?」
「資料は読んだことがありますわ。クリフ、馬鹿力らしいからお気をつけあそばせ」
「わかった、リース」
「魔法には強いらしいから、僕は妨害を主軸にするよ」
話をまとめてガライがユーゴたちを振り向く。
「君たちは、戦闘が始まったらその通路をまっすぐ行って、二つ目の角を右へ曲がって。そうしたら階段が見えるはずだから」
「えっ? 手伝いますよ?」
ユーゴではなくクラウが、だが。その申し出にガライは首を振った。
「君たちは登録して間もないだろう? 正直リカントロープは僕たちも初見なんだ。相手の力量が量れないから、守り切れないかもしれない。だから先に逃げて……」
ガライがそう言いかけた時、交差点の方で悲鳴が上がった。続けて威嚇の吠え声と弓の弦鳴り。
「撃てええっ!」
「ファイアボール!」
誰か別のパーティがリカントロープと戦闘を始めていた。とはいえ状況からすると不意に出くわして、焦って仕掛けたように見える。
「やばい! 行くぞ!」
ガライが駆け出した。他の者もそれに続き、前衛の二人はガライを追い越して前に出る。
リカントロープは飛んできたファイアボールを片手で振り飛ばしたところだった。「嘘だろ!」と悲痛な声が上がる。目を狙った矢を首を曲げるだけでかわされた射手は、次を射るため慌てて弓を引き絞っていた。
前衛が盾を構えているが、及び腰でリカントロープの巨体に委縮している様子が見える。
「【月下の腕輪】、騎士クリフである! 助太刀に来た!」
駆け寄りながらクリフが盾を打ち鳴らす。大声で呼ばわるのはあちらのパーティに知らせるため、それとリカントロープの注意を引くためだ。リカントロープはクリフに向き直り、爪を槍のように突き出した。あちらのパーティよりこちらの方が脅威になると判断したのだ。
「逃げてもよろしくてよ!」
飛び込んできたリースエルがリカントロープの手の平を切り裂く。血が飛び散り、リカントロープは唸り声を上げた。
「は、はいっ!」
「ありがとう、リースエル様っ!」
四層で異常に気付いてダンジョンを出ようとしていた下位冒険者なのだろう。すぐに自分たちの手には負えないと判断し、後ろへ下がった。
「バフかけますっ!」
治癒師のマリアが防御やスタミナ強化の魔法を前衛にかけて行く。本当ならかけてからリカントロープに挑むべきだが、事態の急変で手順が狂った。ガライも攻撃力上昇の補助魔法を配っているところだ。
リカントロープがクリフに打ち掛かる。盾で防いでいるが、受け流しきれない衝撃を感じてクリフが顔を歪める。
「くっ、馬鹿力と聞いたがここまで……!」
「再生能力もありますの?」
さっき切り裂いた傷がもう塞がりかけているのを見て、リースエルが眉間にしわを寄せた。
「ちょっと息止めろ!」
ハーリーが怒鳴った。その手にはすでに勢いよくスリングが回されている。合図の後即座に投げられた何かが、リカントロープの顔面で弾けた。一瞬ぶわっと強烈な腐敗臭が広がる。すぐに風が吹いてきて、匂いの乗った空気がリカントロープの頭を包み込んだ。ガライが風魔法で操っているのだ。
リカントロープがぎゃん! と悲鳴を上げ、顔を押さえてよろめいた。だが逃げようとしても匂いが追いかけてきて放さない。たまらずリカントロープは床を転げまわる。
「ちょ……ブローバの実ですの!?」
思わず鼻を押さえてリースエルが怒鳴った。匂いが強烈なことで知られる実だ。種子は滋養があると言われるが、それを包む果肉がおそろしく臭い。そのため手間のかかる高級食材扱いされていた。何故ここでそれが出てくるのか。
「湿布にちょっと混ぜるとよく効くんだよ!」
ハーリーが怒鳴り返す。薬効があるから持っていたらしい。確かに強い臭気は鼻の利く犬系の魔物にとって、ぶっ倒れるほど効き目があった。
「今のうちに!」
後退していた下級冒険者たちまで加わっての総攻撃が始まった。
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