第12話 異常事態
第四層。それなりに成長しているこのダンジョンの半分もいかない階層だが、そこで異常事態が起きていた。
「うわああっ、逃げろッ!」
コボルドの集団が猛然と走ってくる。装備からしてまだ駆け出しらしい冒険者のグループは、慌てて武器を構えようとした。だが魔物は彼らに目もくれずに通路を駆け去って行った。
「へっ……?」
呆然とコボルドの尻尾を見送る駆け出したち。そこへやってきた別の冒険者たちが声をかけた。
「大丈夫か?」
「何だったんだ、今の」
「まさかスタンピード?」
「そんなわけ……」
金髪ツインドリルの少女剣士、プレートアーマーの戦士、軽鎧の斥候と治癒師。それに杖を持った魔術師の青年という五人組だ。
【月下の腕輪】は探索を終えて上層へと上がってきたところだった。だがそこでダンジョンが揺れ、多数のコボルドが走っていくのを見て、何事かと様子を見に来たのである。
「とにかく、奴らがどこへ向かっているのか調べる必要がありますわ」
リースエルはそう主張した。
「どうするよ、ガライ?」
「そうだね……四層だし多少の数なら何とかなると思う。ギルドも情報を欲しがるだろうし」
前衛の戦士であるクリフに聞かれて、リーダーのガライはリースエルに同意した。冒険者ギルドだけでなく、彼自身も何が起こっているのかは知りたい。ダンジョンで何かが起こっているなら、早く原因を調べて対処しないとエークに影響が出るかもしれないのだ。
「なら行きましょう!」
「リース! ちょっと待って! 行くけど、もう少し慎重に……」
話は決まったとばかりに速足で歩きだすリースエル。ガライはリースエルを追おうとして、途中で振り返った。
「あっ、君たちはすぐここを脱出して、ギルドに知らせて」
「は、はいっ!」
若い少年少女で構成された駆け出し組は、慌てて上へあがる階段の方へ走って行った。
【月下の腕輪】が先へと進んでいくと、東西南北全方向から一つの通路にコボルドやグレイハウンドが集まっていくのがわかった。魔物たちはこちらには目もくれない。普通ならあり得なかった。
「まさかこの階層全部の魔物が集まってんじゃねえか?」
「ダンジョンの外へ向かっているわけではないのかしら」
「穴が開いたとかじゃなければな」
魔物たちは上へ行こうとしているわけではなさそうだ。
「あの先だ」
たどり着いたのは大きめの部屋だった。すでに冒険者が通うようになっているダンジョンの、しかも上層。構造は把握されている。
中から叫び声が聞こえてきて、全員に緊張が走った。
「まさかあの中に誰かいますの!?」
部屋の入口にはコボルドが密集している。断末魔の声と次々と中へ入っていく様子から、中で誰かが戦っているのだと見当がつく。コボルドは強力な魔物ではないが、数が多すぎる。今も続々と集結してきているのだ。
「ガライ! わたくしが参ります!」
リースエルが振り向くと、ガライが頷いた。
「火魔法で通路を開く。隙ができたら救助に向かってくれ!」
「クリフはガライを守って。攻撃したら狙われるかもしれませんわ!」
パーティの盾役にあとを任せ、リースエルは剣を抜いた。
ガライが掲げた杖の先から、業火がほとばしる。通路を真っ赤な炎が走り、コボルドが黒焦げになって倒れていく。入口がすっきりしたところでリースエルは部屋に飛び込んだ。
「誰か! 無事ですの!?」
リースエルが声をかけると、きょとんとした様子の白髪の少年と目が合った。この髪色に見覚えがある。少し前、冒険者ギルドで登録したばかりと言っていたはずだ。
「え? はい、一応」
少年は緊張感のない顔で曖昧に頷く。黒い鎧の女騎士がリースエルに警戒をあらわにした。見たところどちらも怪我はない。
中に入り込んでいたコボルドは女騎士が始末したらしく、室内はすっきりしていた。いくつか残っていた死体も消えていく。
差し迫った状況ではないことにリースエルはほっとして、少年に詰め寄った。
「もう……だから向かないと言ったのですわ! 何をのほほんと! 異常事態が起きていますのよ! 危険だから早く避難なさい!」
「えっ、マジですか! ありがとうございます! クラウ、行こう!」
初めて危機感を顔に浮かべて、ユーゴはクラウを呼んだ。慌てて部屋を飛び出す。
「ユーゴ君だったのか! コボルドの増援が来る! 急いで!」
ユーゴに気付いたガライが目を丸くした。ユーゴも会釈して一言返す。
「すいません! お世話かけます!」
再び集まってきたコボルドをクリフが蹴散らし、【月下の腕輪】とユーゴ、それとクラウは合流した。そのまま彼らと共に上り階段のある場所へと通路をひた走る。
走りながらユーゴは後ろを振り返った。せっかく作った小部屋は、ユーゴがテリトリーを出たことで崩れて消えた。これでまたレベルは1になっているだろう。
ダンジョンらしく次々と獲物がやってきてウハウハだったのだが、異常事態が起きたというならそれどころではない。早く逃げないと。
とはいえMPも素材も稼げた。また安全が確認されたら来ればいい。
そんなことを思っていると、先行していた【月下の腕輪】の斥候が突然足を止めた。
「止まれ!」
鋭く囁き、手を広げて合図する斥候。
「どうした、ハーリー?」
「やべえのがいる!」
ハーリーは少し先、通路が交差して広間のようになっている場所を指さした。
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