第24話 特製カツサンド

 翌朝。きっちりと心の準備をして賢者の覚悟でユーゴはバルナバスの部屋をのぞいた。女はすでにいなかった。ちょっとほっとする。なんだかこちらを見ているクラウの表情が恨めしそうに思えるが気のせいだ、きっと。


 朝一でフーリスが馬車で来て、冒険者ギルドまで連れていってくれる。移動中にフーリスが準備した物資を受け取って、【月下の腕輪】と合流したあとはダンジョンだ。


 朝食をとってチェックアウトの手続きをしていると、男が玄関から入ってきた。そのまま階段を上がって行く。


「主」

「うん。【深闇の狩人】のメンバーだね」


 意識を向けると男はまっしぐらにバルナバスの部屋へ向かって行った。商人ということになっているお付きの男性が応対する。


『坊ちゃんはまだか?』

『まだお休みになっておられます』

『ハァ!? 朝一でダンジョンに向かうって言っただろうが!』

『いつもの起床時間はまだ……』

『どうしてもっていうから連れて行くのに、足引っ張るなら置いていくぞ!』

『それは困ります! 少々お待ちを!』


 お付きが慌てて起こしに行き、男は唾を吐き捨てる。


 やりぃ! もっと寝てろ。がんばって足を引っ張れ。


 ユーゴの口の端が上がる。むかつく奴だがナイスアシストだ。【深闇の狩人】の出鼻をくじける。あちらも閉鎖明けとともにダンジョンに入るつもりだったのだろう。しかしまさか本当にあの若様バカさまがダンジョンに同行するとは。


 昨日戯言かと脳から消し去ったが、十八層というのに信憑性が増した。足手まといを連れて行くというなら、余裕があるのだ。すでに探査済みの可能性が高い。


 こうなると若様にはぜひ来てもらいたい。【深闇の狩人】で馬鹿っぽくトラブルを頻発してくれたら大助かりだ。


「でもそうなってもザマロが黙らせそうだな」

「主、フーリスが来たぞ」


 クラウに呼ばれてユーゴは顔を上げる。とにかく先んじてダンジョンに入れそうだ。この情報はガライたちと合流してから共有しよう。





「そんなことに……」


 急ぎ足で移動しながらガライが言うと、前方に現れたオークを切り倒しながらリースエルが怒鳴った。


「ダンジョンでアレと出くわすとか悪夢……いえ、いっそここに混じってくれればどさくさ紛れに討伐できますのに!」


 この世界のオークは直立した手足の長い薄毛の猪であって、ラノベでよくある18禁な性質を持ってはいない。だがイメージ的にバルナバスとかぶったのか、リースエルの剣先が鋭さを増した。


「わたくしのせいでガライに迷惑をかけるなんて最悪ですわ……ッ!」

「リースが悪いわけじゃないよ」


 クリフがタゲを引き付けている間に、バスバスと容赦なく切り飛ばし、突き刺すリースエル。


 ユーゴの隣にいるガライが婚約者をなだめ、苦笑した。


「ユーゴ、ドロップの回収は適当でいい。先を急ぐからね」

「了解、ガライ。でもあれは豚肉だから、食料として拾っていくよ」


 パーティメンバーだから、かしこまらず呼び捨てで。敬語もいらないということで、ユーゴは【月下の腕輪】のメンバーとも気安く呼び合うことになった。クラウは元々ユーゴ以外に敬意を払わない。


 ガライはああ言ったが、触れれば収納できるのだ。ダンジョンの薄暗さもあって目立たないので、できるだけ拾っていこうと思う。ユーゴはもったいない文化の日本人なのだ。


 大きな塊肉がドロップしたのでユーゴは大喜びでストレージにしまう。実は宿でまったりしている間に、アイテム生成の応用法に気付いたのだ。


 行く手を阻むオークを狩りながら七層を過ぎ、八層まできたところでセーフルームでダンジョン泊をする。


「セーフルームなんてあるんだ」

「ダンジョンは魔物だと言っただろう? 中で生き物が活動することがダンジョンの益にもなるんだ。だから奥へ誘い込むために、こうして休める場所も用意してくれるわけだ」

「なるほど。獲物が来てくれないと困ると……」


 エークのダンジョンは洞窟のような構造をしているが、セーフルームは五メートル四方くらいの石室になっていた。泉があり、綺麗な水が湧き出している。魔物は入ってこないらしいが、一応見張りは立てるそうだ。


 湯を沸かしキャンプの準備をしたところで、リースエルがちょっとすました顔で言った。


「ユーゴ、食事を出してくださいまし」


 すまし顔は心の準備なのだろう。長丁場を予想して物資は用意したが、それでもマジックバッグには限界がある。生ものは時間がたてば腐ってしまうし、結局のところは保存食メインになりがちなのだ。


 愛するガライのため頑張るリースエルだが、侯爵令嬢に粗食はやはり辛いのだろう。わがままを言わず覚悟を決めるだけ立派なものだ。


 だからユーゴはちょっとMPを使うサービスをする。飽食の日本人、リースエル以上に粗食に耐えられるわけがない。自分の都合でもあるのだ。


「はい、少々お待ちを」


 背負い袋アイテムバッグを探るふりをして、ユーゴはストレージの素材を使ってアイテム生成をする。六層で拾った豚肉と持ち込んだパン、野菜類。調味料と果物も追加。きっちり材料をそろえるとMPの消費が少なくて済む。


「じゃーん!」

「な、なんですの!? これは!!」

「特製カツサンドセット!」


 ソースの染みた衣に包まれた分厚い肉。まだ温かいそれはキャベツと共に軽く焦げ目の付いたパンの間に挟まれ、付け合わせにはミニトマトとレタスのサラダ。デザートには果肉を詰め込んだフルーツゼリー。ワンプレートに盛られたそれを各人に配ると、誰かの喉がゴクリと鳴った。


「うっそ、これうめえ!」

「何このソース!」

「作りたてみたい……!」


 皆の歓喜の声を聞き、ユーゴは鼻高々に胸を張る。料理ができなくてもスキルがあれば、グルメチートも楽々だ。あっという間にプレートが空になる。


「ユーゴが準備しましたの?」

「うん」

「いつの間に……」

「それはヒ・ミ・ツ」


 ユーゴは人差し指を立てて首を振った。フーリスとの商談で学んだ。目の前に現実があれば、過程はさほど重要ではなくなる。


「……これ……お代わりはありますの……?」


 若干口惜しそうなリースエルと、その言葉にばっと顔を上げる他の者たち。ユーゴは勝利の笑みを浮かべて新しいプレートを取り出すのだった。

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