第10話 【深闇の狩人】
翌日、出掛けようと宿の一階に降りると、そこかしこの男性客から恨めしそうな視線が突き刺さった。そういえばクラウが睡眠が必要ないのをいいことに、一人部屋を一つしか借りていなかったのだ。
ユーゴは昨日までクラウの鎧が脱げるものだとは思っていなかった。だが知らない人から見たら、そりゃあ壁も蹴りたくなるだろう。
「商業ギルドでちょっとお高い宿を紹介してもらうか」
ユーゴの呟きを聞いてクラウが期待するような目を向ける。申し訳ないが、まだ心の準備ができていない。
ひとまず今日は予定通り行動することにして、ユーゴはクラウと共に門へと向かった。
「ここがダンジョンか」
ユーゴは二階建ての家ほどある大きな岩を見て、興味深そうに目を細めた。
岩は巨大なかまくらのようになっていて、真ん中にぽっかり穴が開いている。同じ送迎馬車でやってきた冒険者たちは、どんどんその中に入って行った。
入場チェックは送迎馬車の切符が兼ねている。冒険者ギルドで送迎馬車のチケットを買い、ここで半券を渡す。ダンジョンの周囲は壁で囲まれ、兵士が警備についていた。こっそり入り込むのは難しいだろう。
「お前たち新人か? ……おや?」
周囲を眺めていたユーゴとクラウに近づいてきた兵士は、見覚えのある顔だった。
「門番の兵士さん!」
「何だ、覚えていてくれたのか」
日焼けした兵士は飄々と笑った。
「自分はグローツだ。商業ギルドに行ったんじゃないのか?」
「俺はユーゴです。こちらはクラウ。本業はお勧めしてもらった通り商人です。俺、戦えそうにはないので」
「ははは。まあその分はそっちの姐さんがフォローしてくれそうだがな。じゃ見物か?」
「自力で仕入れができないかと思って見に来ました」
「そうか。ギルドで注意事項は聞いたか?」
「はい、一応。地上とは色々環境が違うって」
「そうだ。中はぼんやり明るいが、視界が悪いことに変わりはない。それに冒険者の中には物騒な奴もいるから、知らない相手には近づくなよ」
相変わらず軽い調子でグローツは言うが、ユーゴは眉をひそめた。
「やっぱそういう人っているんですか」
「まあな。自分たちもダンジョンの中までは見えねえし」
グローツが言った直後、ダンジョンに入ろうとしていたパーティが悲鳴を上げて飛び退いた。
「何だ!?」
見ていた兵士が叫ぶが、ダンジョンから出てきた一団を見て口をつぐむ。
それは異様な男たちだった。顔も鎧も赤黒く染まっている。プレートメイルの戦士、ローブに胸当ての魔術師、鎖帷子の治癒師。誰も彼も武器や防具に染みをこびりつかせて平然としている。
先頭の男は、その中で一番目立っていた。というのも、この男だけどこにも汚れがなかったからだ。その手には数本、ドッグタグのついたチェーンが握られていた。
「あいつら……」
グローツが眉間にしわを寄せて呟いた。ユーゴは遅ればせながら、その赤黒いものが血だと気づいた。
「怪我をしているんじゃ……」
ユーゴがグローツを見たが、クラウがそれを止めた。
「あれは返り血だ」
「えっ」
ユーゴは驚いてクラウを振り返る。彼女は冷徹な表情を男たちに向けていた。
「おい、ザマロ」
グローツが前に出て先頭の男を呼び止める。ザマロは立ち止まった。
「またやりやがったな!」
「何をだ。グローツ」
「そのタグは何だ」
「見ればわかるだろう? ダンジョンで見つけたから、遺品を回収してきてやった」
「ふざけやがって」
グローツがタグを取ろうとすると、ザマロは素早く手を背後へ隠した。
「衛兵サマが、死亡報告の礼金を寄越せとでも?」
「今月に入って三度目だぞ! いい加減にしやがれ!」
グローツの追及に、ザマロは酷薄な笑みを浮かべた。
「たまたまだ。おかげで探索が進みやしねえ。こっちも困っている」
「そうだ、そうだ」
「邪魔だから弱っちい奴はダンジョンに入れないようにしてくれよ」
「そこの坊ちゃんみたいなのとかな!」
ザマロが答えると、周囲の仲間がはやし立てた。中の一人はユーゴを指さす。クラウが黙ってユーゴをかばって前に出た。男たちから口笛が飛んだ。
「おい、さっさと帰って風呂だ。臭くてかなわん」
ザマロが言うと、男たちは乾いた笑い声を立てながら去って行った。それを見送ったグローツが舌打ちする。
「グローツさん、今のは」
「ああ……【深闇の狩人】ってパーティだ。あいつらには絶対近づくなよ。地上でも、
忌々しげにグローツは言った。
「ダンジョンでは、冒険者の死体も消えちまうんだよ。何故だか
「それってまさか……」
「衛兵の自分が証拠のないことは言えねえよ」
グローツの言葉に、ユーゴは背中がぞわりと粟立つのを感じた。
【深闇の狩人】は、貸し切り状態の馬車に乗っていた。時間的に帰還する者が少ないのもあったが、他の冒険者は誰も同乗しようとはしなかったのだ。
「く――っ、イイ女だったな!」
「ああ。ありゃ滅多にない上玉だぜ」
「ガチガチの鎧なんか着ちゃってさ。引っぺがしたらどんなだろうな?」
男の一人はユーゴを揶揄するような態度を取ったが、目についたのはクラウの方だ。横にお邪魔虫がくっついていたから、槍玉に挙げただけである。
「ねえ、ザマロさん。次アレやりましょうよ」
「お、いいね! ガキの方は切り刻んでやるか?」
「あの女、イイ声で鳴きそうだ」
一人が思い付きで言うと、他の男たちが尻馬に乗る。腕を組んで半眼になっていたザマロがぽつりと言った。
「死ぬぞ」
「え?」
男たちはきょとんとしてリーダーを見る。
「やめておけ。あの女を襲うくらいならリースエルを狙う方がマシだ」
エークの町で最も有名なパーティの一つ、【月下の腕輪】の前衛を務めるリースエル。彼女は魅惑的なその姿で冒険者たちの興味を引いているが、同時に絶対手を出してはいけない相手としても知られている。剣の腕も一流だが、背後にいる存在のことを思えば到底割に合わない。
ザマロは、その彼女よりも黒鎧の女が危険だと判断した。
「死にたければ止めはせんが、パーティを抜けてからにしろ」
淡々とした物言いに、男たちは黙って頷いた。
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