第9話 お約束のラッキースケベ
宿に戻ったユーゴは考えていた。
自分のスキルがよくわからない。異世界もの定番の鑑定でもあれば、もっと詳細がわかったかもしれない。
だが今のところ、自分のスキルを確認するにも実際に使ってみるしかない。そしてそれには問題がある。
「もっとばんばん使えるくらいMPが欲しいな」
使い切ってもほっとけば100には戻っている。ユーゴはこれが最大MPだと思い込んでいたが、逆だ。最低でも100MPは維持できる。そういうことだろう。
構築にせよアイテム生成にせよ、MPを消費するので100ではほとんど何もできない。だがMPを貯めるにはテリトリー内で敵を倒す必要がある。
森で魔物を釣ってくるのはあまりいい方法とは思えなかった。自分が動けないからクラウに行ってもらうしかない。その間守りは薄くなるし、手間も暇もかかる。
「ダンジョンって魔物多いのかな」
少なくとも森よりは面積当たりの数は多いのではないだろうか。
「行ってみればよいのでは?」
「まあそうだよね」
振り向けばテーブルの上にあるクラウの首が微笑んでいた。さすがにもうこれしきで叫ぶことはなくなった。慣れって怖い。
胴体の方は夕食用に買ってきた料理をテーブルに並べ、お茶を入れたりと甲斐甲斐しく動いている。
戦闘はクラウ任せ。そして身の回りの世話も彼女にお任せ。
なんだかダメ男になったような気がして、ユーゴは手伝おうとした。
「それは俺が運ぶよ」
だが皿を取ろうとすると、クラウが手を伸ばして取られまいとする。
「よいのだ。これしきの事、私がやる」
「ええ……でも」
胴体の方に手を伸ばしながら、テーブルの上の首と会話をするのは事故の元だった。
「ちょっとぐらい……い?」
クラウの首へと顔を向けたために、手の位置がズレた。何かに触れた感触にユーゴは前を見る。ユーゴの手は、固く冷たい金属に張り付いていた。丁度、クラウの胸の位置に。
俗に言う『ラッキースケベ』という事故だ。
全身鎧である。柔らかくも暖かくもないが、位置的には間違いなく事故だった。ユーゴは慌てて手を引っ込める。
「ご、ごめん! そんなつもりじゃ……」
恐る恐るテーブルの上を振り向くと。ふるふると震える首がそこにあった。怖くて表情が見れない。思わずユーゴは叫ぶ。
「アウト? アウトですか!? 金属板越しですけど!?」
「あ、るじ……」
クラウの体が一瞬で持っていた皿をテーブルに置き、代わりに首をさらって部屋の隅まで飛んで行った。そこで首を抱えて丸まってしまう。
えっ? 何、その反応!?
「クラウ……」
声をかけるとビクッとしてさらに丸まってしまった。クラウはTレックスを瞬殺するような剛の者だ。邪魔者は叩き潰せとのたまう苛烈な守護者だ。だから笑い飛ばすかきついお叱りを受けるかどっちかだと思ったのに。
どうしようとしばらくおろおろしたあと、ユーゴは落ち着くまで放置することにした。
夕食後にはクラウも復活したように見えた。何故か首は後ろ向きに抱えられたままだったが、ユーゴは謝罪もしたし明日には元に戻るだろうと考えていた。
その夜、ユーゴがベッドに入って寝ようとすると。
「……主」
蚊の鳴くような声で呼ばれて、ユーゴは目を開ける。
「何? クラウ……」
見ると、そこには薄物のネグリジェを着たクラウが立っていた。白いデコルテから豊かに盛り上がった胸。くびれた腰に柔らかそうなヒップライン。薄手の素材を通して、色々と見えてはいけないものがうっすらと透けて見える。
「あの、クラウさん……鎧……脱げたんですか」
「はい」
思わず丁寧語になってしまった。小脇に抱えられた顔は、暗い中でも真っ赤になっていることがわかる。だがそれよりも白い体から、目が放せない。
その女体が枕の横に首を置き、ユーゴの上に体を倒してきた。真横のクラウと目が合って、ユーゴは正気を取り戻した。
「なっ……何なの!? クラウ!」
「あ、主がご所望なら、私は応えるつもりだッ!」
「えええええっ!?」
熟れたトマトのようになって、唇をキッと結んで意を決したように叫ぶクラウ。首無しの体はユーゴの頬を撫で、上掛けをめくろうとした。ユーゴは慌てて上掛けをつかむ。
「待って! どうしてそうなるの!?」
「私が女としてお側に侍ることになったのは、主の意向あってのこと。ならばこれもお役目……」
「えっ? 俺のせいなの!?」
召喚する時ユーゴが願ったのは救い手だ。だがそれが女性だったのは、ユーゴの願望が影響しているということか。だから年上。だからきりりとした美女。
「そりゃどうせなら綺麗なお姉さんがいいに決まってるじゃん! でもだからって……」
奴隷よりも被召喚者は主に依存していると思ったことはある。クラウは何事もユーゴが優先で、自分の欲求を主張することはなかった。
ユーゴは横にあるクラウの首を両手で抱えて目を合わせる。
「だからって、命令して君にこんなことしてもらいたくないよ!」
「私は……主のお気に召さないのか?」
「違うって!」
ユーゴは怒鳴った。
「クラウのことは好きだよ! 好みどストライクだよ! 強くてかっこよくて綺麗で可愛くて、ちょっとポンコツで!」
「ポンコツ!?」
クラウがショックを受けたように固まる。
「でもだから! 好きな相手に命令してどうにかするって、ただの下種じゃないか。クラウは俺にそんなことさせたいの?」
「それは……」
「その時がきたら、ちゃんと口説くからさ」
「主ッ……!」
上に乗った女体にぎゅっと抱きしめられて、普段と違うその柔らかさに思わずユーゴが前言撤回を考えた時。
『うっせーわ! 静かにしろッ!!』
『イチャイチャすんじゃねーよ!』
部屋の左右両方の壁が激しく叩かれ、殺意のこもった怒鳴り声が飛んできた。
「す、すいませんっ!!」
ユーゴは大声で謝罪する。『ケッ!!』と吐き捨てる声と共に両脇は静まった。
「迷惑になるから、普通に寝よう。ね?」
言い聞かせるとクラウはしゅんとして立ち上がり、いつも通り全身鎧を身に纏う。
残念だが、ユーゴは少なくとも宿を変えてからじゃないと、落ち着けないことに気付いたのだった。
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