第7話 冒険者ギルドのテンプレ

 ラノベやアニメにはテンプレというものがある。すでにユーゴがやらかした『規格外だと気づかず注目されてしまう』とか、『魔物に襲われている馬車には高確率で身分の高い美少女が乗っている』とか。


 それらの中に、特に酒場や冒険者ギルドで起こりやすいテンプレがある。すなわち『連れの美少女、もしくは美女目当ての脳筋に絡まれる』という奴だ。


 クラウは文句なしに美しい容姿をしている。そんなことはわかっていたが、門でも街中でも難癖をつけられることはなかった。彼女は見た目にもいかつい全身鎧に剣持ちだ。ユーゴを護衛するために常に周囲を警戒しているため、隙もない。


 当然一般人はいくら美人でも、棘があるとわかっている薔薇にちょっかいをかけたりしない。


 だが、冒険者はそうではなかった。なまじ魔物と戦った経験があるために『俺つえー』と勘違いしている者も多い。そして見ただけで彼我の差を理解できる実力の主は、案外少ないものだ。


 事前にフーリスに聞いていた通り、ステータス確認などはなく――そんな便利なスキルや魔道具はないらしい――簡単な自己申告だけで冒険者登録は完了した。冒険者証として渡されたのは二枚組のドッグタグで、名前と拠点にしているギルドの所在地が刻印されていた。拠点を移した場合は書き換えをするらしい。


 手の平サイズの装飾のあるカードだった商業ギルドの会員証と違い、愛想のない作りである。二枚あるのは死体の発見者が持ち帰るためだ。死亡前提というあたり世知辛い。


 手続きが終わって帰ろうとした途端、腕まくりをして筋肉を誇示した髭面の男が前を塞いだ。


「よう、新人。ちょっと一緒に来い」


 続いて左右をスキンヘッドの大男と、中央以外を剃り込んだ髪型……ありていに言うとモヒカンの痩せ型が囲んだ。背後は受付カウンターだが、まだ喧嘩沙汰になっていないためか動く様子はない。


「これから俺たちが特別に冒険者のイロハを教えてやるよ」

「先輩のもてなし方とかな。グフフ」


 下種い笑みを浮かべる男たち。舐めるようにクラウを見る目つきや鼻息から、目的は大変わかりやすかった。


「大人しくついてこいや」

「断る」


 ユーゴが何か言う前に、クラウがきっぱりはっきり端的に答えた。


「アァ!?」

「なめた口きいてんじゃねえよ」

「先輩の親切がわかんねえか」


 髭面が凄む。左右のスキンヘッドとモヒカンもそれぞれに睨みつけた。


「あー、うん。そうですか。……テンプレだよね。うっかりしてたよ……」


 ユーゴはため息交じりに呟く。男たちの目はクラウに向いている。見るからに貧弱なユーゴなど、障害物として認識されていないのだろう。「その女寄こせ」とすら言われなかった。


 クラウが嗤っているのに気付いて、ユーゴは慌てて腕を引っ張った。


「クラウ!」

「何だ、主」

「殺しちゃ駄目!」

「何故だ? こんな虫ども叩き潰せば……」

「とにかくこっちから手を出しちゃ駄目だからね! 反撃はいいけど、なるべく怪我をさせないように!」


 囁くとクラウは難しい顔をしたが、頷いた。


「主の命令とあらば」


 喧嘩だって滅多にしない元日本国民。魔物や動物ならまだ眉をひそめるくらいで済むが、人間の死体にお目にかかるのはちょっと遠慮したい。リアルのスプラッタなど絶対ごめんである。


「ごちゃごちゃ何をしてやがる」

「いいから来い」


 髭面がクラウに手を伸ばす。毛深い手が触れる寸前、男の背後の扉がばばんと開かれた。


「今戻りましたわ! 戦果の査定を……あら、何をしてらっしゃるの、貴方たち?」


 その声に、三人の男たちはそろって動きを止めた。


 入ってきたのは、例の金髪ツインドリルの美少女だった。彼女の後ろにあのお節介な魔術師の青年や、武装した男女がいる。門前で見た顔ぶれだ。


 青年と目が合ったので会釈していると、少女がすたすたと近づいた。


「見ない顔ですわね。依頼にでもいらっしゃったの? わたくしたちが相談に乗りましょうか?」

「あ、いえ。登録したばかりの新人です」

「あら、そうですの。悪いことは言いませんわ、向いてなくてよ?」


 横のクラウがぴくりとしたので、ユーゴは慌てて手を引いて止める。


 その間に少女は男たちに向き直っていた。


「それで、あなたたちはこの方たちに用があるのかしら?」

「「「いっ、いえ! ただの挨拶です!」」」

「そう。こんなフロアの真ん中では邪魔になるから、用が済んだらどきなさい」

「「「はいっ、リースエル様!!」」」


 絡もうとしていた三人の男たちが、慌てて逃げていく。リースエルというらしい少女は小さく鼻を鳴らしてそれを見送った。


「あの、ありがとうございました」


 ユーゴが礼を言うと、リースエルはふいっと目を逸らす。


「礼を言われるようなことはしていませんわ。男なら女を守ろうという気概くらい持ってくださいまし!」


 それだけ言うと、軽やかに身を翻してリースエルはカウンターへ行ってしまう。呆然としていると、魔術師の青年が寄ってきて言った。


「ごめんね。言い方はきついけど、悪気はないんだ」

「あ、いえ。わかってます」


 ユーゴが言うと、青年は穏やかに微笑んだ。


「君とは前に門で会ったね。僕はガライ。【月下の腕輪】というパーティの魔術師だよ」

「ユーゴです。彼女はクラウ」


 互いに自己紹介をしていると、リースエルがガライを呼んだ。


「ガライ。探索報告がありますわ。あなたがリーダーですのに、早くいらして」

「はーい。……じゃあ、また。困ったことがあったら受付の誰かに伝言でもして。相談に乗るから」


 言い置いてガライもカウンターの方へ行き、ユーゴとクラウは無事冒険者ギルドを出た。

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