第6話 越後屋と悪代官

 結果で言えば、フーリスはまともな人間だった。ユーゴの出したものを適正価格で買い取り、不用意にそれ以上踏み込んでは来なかった。クラウという武力を持つユーゴを、敵に回すべきではないと思ったのだろう。


「いやあ、さすがバオロンの魔石ですね。素晴らしい。これはいいものだ。単品ではエークの商業ギルド始まって以来の高額商品ですよ」


 契約を交わし支払いを終えたフーリスは、そう言って笑った。


 それから「また商談を持ちかけるかもしれないので」とユーゴの連絡先を訊ねた。断っても調べそうなので、ユーゴは大人しく泊まっている宿を教えた。


「外へ狩りに行って留守にしているかもしれませんが」

「構いませんよ。獲物はまた持ってきてもらえるのでしょう? 昨日買い取った毛皮はダンジョン産のように綺麗でした。何か解体のコツなどがあるのでしょうか」

「売り物にする以上は丁寧に扱いますとも」


 年季も交渉術もユーゴはフーリスにはかなわない。だが昨日クラウの助言をもらったので、押し込まれないように強気でとぼけた。必要以上の情報は与えない、だ。


「安心しました。品質はいいに越したことはありませんからね」


 フーリスも色々と聞きたいことはありそうだが、ユーゴが口を滑らせない限りは突っ込んでは来ない。


「ダンジョン産の方が質はいいんですか?」

「普通に解体する場合、その者の腕によって質が上下しますが、ダンジョン産のものは直接現物がドロップします。なので常に一定品質なのですよ」

「なるほど。ダンジョン産の特徴は知りませんでした」

「冒険者が適当にはいだ皮など、使い物にならないものも混じっていますからね。ですがダンジョン品は確実に手に入るわけではないので、数を揃えるのが難しいんです」


 ダンジョンの戦果は、ゲームのようにドロップ確率があるようだ。


「お二人は冒険者ギルドにも登録されているんですか?」


 問われてユーゴは首を振った。クラウはともかく、自分に戦闘技能があるとは思えない。ある程度の資金を得た今となっては、余計に危険な仕事に首を突っ込むつもりはなかった。


 安全で安心できてそれなり――現代感覚のそれなりは、この世界では貴族並みになってしまいそうだが――の生活ができればそれでいい。ラノベの主人公的チートな英雄になりたいわけではないのだ。怖い目にあって血まみれで戦うのはごめんである。


「でも先ほど狩りに行くとおっしゃいましたよね。それなら、冒険者ギルドに登録した方がいいですよ」

「そうなんですか?」

「依頼で魔物を狩りに行く冒険者と鉢合わせした場合、縄張り荒らしだと揉める可能性があります。冒険者同士なら、そこまで険悪にはならないでしょう」

「なるほど。名前だけでも登録しておいた方が無難なんですね」


 フーリスは頷いた。


「ユーゴさんがただの駆け出し商人なら狩り自体を止めるところですが、クラウさんがいますからね。それにダンジョンに入るには冒険者証が必要ですし」

「そういえば近くにダンジョンがあるんでしたね」

「詳細は冒険者ギルドでお尋ねになるといいですよ」


 微笑みを浮かべたフーリスが煽るように言う。


「そうします」


 元の記憶は曖昧だが、ゲームは大好きだった。本物のダンジョンと聞けばやはりわくわくする。一度見てみたい気はある。


「実のところ魔物の素材やダンジョン品は、冒険者ギルドが扱っています。ですがユーゴさんは商業ギルドの会員でもあるので、こちらでも買い取りできます。討伐報酬は出せませんがね」


 冗談めかしてフーリスが笑った。


 通常なら魔物素材は冒険者ギルド経由で商業ギルドが仕入れる形なのだろう。ということは、今回フーリスはバオロンの素材を中間マージンなしで手に入れたことになる。


 バオロンの討伐には多人数が必要だ。軍でなければ冒険者を使うしかない。冒険者ギルド抜きでできることではなかった。


 だがユーゴが持ってきたのは冒険者ギルドが介在しない素材だ。目の色変えるわけである。高級素材になるほどマージンも大きいはずだ。フーリスがユーゴに好意的なのは、そういう事情もあったということだ。


「じゃあ討伐報酬を冒険者ギルドでもらって、素材はこちらに卸すこともできるんですね」

「できますね。でもよほどの大物でない限りは、冒険者ギルドに売った方が手間がないでしょう」


 ユーゴはフーリスと目を合わせ、互いにニヤリと笑った。


 それでユーゴが言葉の意味を正しく理解したと伝わったはずだ。討伐依頼が多く出されている雑魚はそのまま冒険者ギルドへ。もし報告の必要のない大物を討伐したら、うちで高く買い取りますよ――という意味を。


「いやいや、お若いのにできた方ですね」

「こちらこそ。今後ともよろしく」


 最初は警戒心もあったユーゴだが、最終的には笑顔で握手をして商談を終えた。越後屋と悪代官ごっこのようで結構楽しかった。フーリスとは上手くやっていけそうだ。


「じゃあ冒険者ギルドにも行ってみようか」


 ひと財産築いたが、大量の金貨はストレージの中だ。クラウはずっとそばにいるし、そうそう問題が起きたりはしないだろう。


 ユーゴは手頃な食堂で昼食を済ませると、クラウと連れ立って冒険者ギルドへ向かった。


 無事取引が終わって、ユーゴの気が少々大きくなっていたのは否めない。


「あー、うん。そうですか。……テンプレだよね。うっかりしてたよ……」


 フーリスと別れて一時間後。冒険者ギルドのロビーで、ユーゴはクラウの背にかばわれた状態で、屈強な男たちに取り囲まれていた。

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