第5話 ストレージ≠マジックバッグ

 準備をして明日持ってくると言い逃れて、ユーゴは出した分だけを先に買い取ってもらうことに成功した。


 バオロンはれっきとした竜種だった。普通は冒険者が十人、二十人と集まって討伐するような相手らしい。


「単独で討伐など聞いたこともない。確か特級パーティ六人でというのが最小人数だったはずですが」

「私にはそれほどの敵ではなかったというだけだ」

「……なるほど」


 フーリスは興味深そうにクラウを見たが、それ以上は突っ込んでこなかった。商人が個人の戦闘力を詮索するのはただの好奇心でしかない。正当な狩猟の結果であり、商品がそこにあれば問題はないのだ。


 二人は金貨三十枚を受け取って商業ギルドを出た。ほぼ牙のお値段である。食品や雑貨の価格を考えると、庶民なら二年くらいは暮らせそうな金額だった。


 門番に教えてもらった宿を取り、部屋に入るとユーゴはベッドに転がった。


「この世界にマジックバッグがあってよかった……」


 荷物は全部ストレージに入っている。だがこの手の収納系の魔法なりアイテムなりが、一般に存在するのかはわからなかった。なので商業ギルドに入る前に、売るつもりの素材は市場で買った背負い袋に入れていったのだ。


 町に来たばかりの旅人が、大型の竜種の素材をどこに置いてあるのか。それを聞かれたら困るところだった。だがフーリスがマジックバッグの話題を出してくれたので、これ幸いと「そんな感じです」と微妙に曖昧な返事で誤魔化せた。そのあたりの会話からわかったことがある。


 見た目以上に物が入る入れ物は、ダンジョンのドロップ品として存在していた。形や容量はさまざま。もちろん高価なものだが、ある程度は出回っている品のようだ。マジックバッグそのものを盗まれてはかなわないので、所持していても他人の前には出さないことも多いらしい。


「知らないって怖えぇ……」


 何が地雷で何がそうではないのか。常識がそもそもわからない。スキルについてもなるべく早く把握するべきだ。とりあえずマジックバッグの件で、ストレージの異常さはわかった。


 Tレックス丸ごととその他多数のモブを放り込んでまだ余裕の収納。しかも時間停止付き。アイテム生成と組み合わせればお手軽解体可能。ついでにまだ使ってはいないが、アイテム生成の方は解体だけではなく、まったく別のアイテムに転化することも可能だった。


 MPを消費するが、ポーションなんかも作れるようだ。素材の格やMPの消費量などでもっと貴重品が作れる可能性もある。例えばバオロンを使えば炎竜珠なんてものを製作可能だった。価値が不明だったのと、MPがてんで足りないので全部解体したが。


「小さい方の牙だけであんな値段になるとは思わなかったな」


 どうしようかとユーゴは考える。


 牙も大小含めていくつもあるし、皮もどーんと一枚ものがある。魔石はサッカーボールみたいな大きさだし、爪や肉、内臓なんかもストレージに入っている。


「全部売るのはやめた方がいいかもなあ」


 実際にはただの一閃で即殺されたバオロンだが、聞いた話では大勢で戦うレイドボスだ。綺麗で大きい皮なんてめったにないのではないだろうか。


 フーリスと話した時に何と言っていたか。


「魔石は、まあ当然持って帰るんだろうな。心臓は……戦闘で駄目になったってことにしておくか」


 真っ先にフーリスが口にしたのは魔石だ。それから心臓。ぶっちゃけ目の前に出すと気持ち悪そうなのでなかったことにする。レイドボスのソロ討伐なら素材の状態など慮る余裕はないだろうし。


「あとは牙をいくつかと、皮を……小さくできるかな?」


 アイテム生成で切り分けができた。他は傷ついて駄目だった、もしくはマジックバッグの容量が足りなかったと言って誤魔化しておこう。


 そんなことをぶつぶつ言っていると、ベッドに重さを感じた。


 見るとクラウがベッドの端に腰かけていた。のぞき込む代わりに自分の首を枕の横に置く。


「言い訳をする必要はないと思うぞ、主」


 横を向くとクラウと目が合う。チベットスナギツネみたいな表情になったのは、まだ慣れないということで勘弁して欲しい。


「売れない理由などあちらが考えればいいのだ」

「……そっか。こちらから情報を出さなくてもいいってこと?」

「手の内をわざわざ教えてやることもないだろう?」

「そだね」


 具体的に何を持っているか、ユーゴは明言していない。そこは自分を褒めてやりたいところだ。よくわからないまま勢いに押されてしまったが、まだ主導権は取れる状態。


 金はあるに越したことはないが、大金が必要というわけではない。当面の暮らしにはもう充分足りるのだ。


「よからぬことを企むなら、踏みつぶすだけだ」

「暴力は駄目だよ、クラウ。町は他にもあるし、逃げれば済む話だ」

「主は優しすぎる」

「まあまあ。クラウが守ってくれるなら安心だし」


 ユーゴが手を伸ばして頭を撫でると、クラウは面食らったように口をつぐみ、真っ赤になった。


「わ……わかった。もちろん傷一つつけるつもりはない」


 さっと首を回収すると、クラウは立ち上がる。ユーゴは仰向けになって目を閉じた。


「なんか疲れたからひと眠りするよ」

「了解した。私が警戒するからゆっくり休んでくれ」


 ユーゴはそのままぐっすり眠ってしまい、目が覚めたら夜中だった。


 寝ぼけ眼で部屋の中を見れば、黒々と屹立する甲冑とテーブルの上の生首。


「うわっ、わあああっ!」


 寝起きの心臓に悪い光景に、ユーゴは反射的に悲鳴を上げてしまった。途端にガシャンと音がして黒鎧がorzの形に崩れ落ちる。


「主にまた叫ばれた……」

「ごめん! ごめん、クラウ! ちょっと驚いただけなんだ!」


 ユーゴはテーブルの前に膝をついて、クラウの頭を撫でながら必死になだめる羽目になった。

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