第4話 転移者あるある

 門前に並んでしばらくすると、ユーゴたちの順番が来た。


「身分証はあるか? エークに来た目的は?」


 門番の兵士は軽い調子で尋ねた。一応の確認といった感じだ。


「田舎から出てきたばかりで、身分証はないんです。エークで仕事が見つかればと思って来ました」


 身分証がないというところで兵士は軽く眉を寄せた。が、ユーゴを見て、それからクラウを見て顎に手をかけしばし考えた後、小さく頷く。


「まあいいだろう。行儀が悪そうにも見えないしな。だが町で仕事をするなら身分証は必要だ。坊主は……商業ギルドに登録して、そこで仕事を斡旋してもらえ。そちらのお嬢さんは冒険者ギルドでもやっていけそうだが」

「私は主のそばを離れる気はない」

「そういうことなら、一緒に商業ギルドで相談しな。今なら色々と仕事もあるだろう」


 兵士は顎をしゃくって行けと合図した。


「ありがとうございます。あっ、商業ギルドの場所と、庶民向けのお手頃な宿があったら教えてもらえませんか?」

「ギルドは大通りをまっすぐ行って……」


 門番の説明を聞き、ユーゴはもう一度礼を言ってクラウと二人、無事町に入った。


 兵士は二人の後姿を見送って、ぽそりと呟く。


「無害そうな坊ちゃんだったが、女の方は手練れだな」


 そんなことはまったく気付くことなく、ユーゴはきょろきょろと周囲を見回しながら大通りを歩く。クラウも周りを見ているが、それは警戒のために目を配っているだけだった。


「結構賑わってるね」


 石畳の道路に石やレンガでできた建物。広場には屋台が並び、通りを何人もの人が行き交っている。ユーゴは看板が読めることを確認してほっとした。どう見ても日本語ではないが、どうやら文字も理解できるようだ。


 物価を知るためにユーゴは屋台で買い物をする人々を観察し、朝食用にサンドイッチを買い求めた。狩った魔物ゴブリンの中に小銭を持っているものがいたので、貯めておいたのである。


「クラウ、はい」

「相伴にあずかろう」


 ユーゴが一つ差し出すと、クラウは柔らかく微笑んで受け取る。彼女には食事も睡眠も必要ないらしいが、森での移動中にユーゴが一人の食事は味気ないと言ったのだ。以来こうして一緒に食べることにしている。


 今はあるべき場所に首が乗っているので、見た目的には違和感はない。が、デュラハンであることを知っているユーゴは、サンドイッチをかじりながら「あれってどこへ消えるんだろうなあ」などとのんびり考えていた。


 朝市や露店を軽く冷やかし、必要な買い物をしてから二人は商業ギルドへ向かった。


 受付に仕事を探していることを伝えるとギルド証を持っているか聞かれたので、門と同じように田舎から出てきたばかりだと説明した。


 受付の担当者は品定めするようにユーゴを見ていたが、物腰や服装を見てそれなりの教養があると判断したらしい。文字の読み書きや計算について質問したあと、ギルド証の発行手続きをしてくれた。


「それで早速なんですが、魔物の素材なんかは買い取ってもらえるんでしょうか?」

「買い取りますが、状態によって価格が変わりますよ。あと相場も変動しますし」

「これなんですが」


 ユーゴは背負い袋から狼の皮を出す。担当者は驚いたようにまじまじとそれを検分する。


「これは……フォレストウルフですか。綺麗なものですね。魔石はありますか?」


 やはり魔物と言えば魔石だった。魔物の力の源である宝石のような結晶。魔法で動く魔道具の動力や、場合によってはポーションの材料にもなる定番商品だ。もちろん確保してある。


「こちらに。それと……」


 ユーゴが腕ほどある牙をカウンターに出すと、担当者がぎょっとした顔をして硬直した。


「あの?」

「ちょ、ちょっとこちらへ!」


 担当者はユーゴの声で再起動して、牙を毛皮に隠すように抱えると奥へと手招きした。


 応接室へ案内され、テーブルに荷物を置くと担当者は少し待つように言い置いて部屋を出ていく。しばらくすると担当者が壮年の男性を連れて戻ってきた。


「買取窓口を総括しているフーリスです。商品を見せていただいても?」

「どうぞ」


 フーリスは毛皮には一瞥をくれただけで、牙を両手に持ち眉を寄せて見入る。


「これは、バオロンの牙では?」

「はい、そうですね」


 例のクラウが瞬殺したTレックスもどきの牙である。ストレージのテストも兼ねて収納できるか試したら、すんなりと全部入ってしまった。バオロンという名前は、その時ストレージのリストに表示されたことで知った。


 ステータスを見るとアイテム生成の(不可)が取れていたので、ついでに試してみた。するとMPを使って収納した魔物の死体を皮や魔石、牙などの素材に変えることができたのだ。


 あんなサイズの魔物の解体などユーゴにできるわけがない。手も汚さず素材にできる神スキルであった。道中倒した他の魔物も同じようにストレージに入れ、素材化している。おかげで食料にも困らなかった。


「どこでこれを?」

「森……ですけど?」

「森!? どこかで仕入れたわけではないのですか?」


 フーリスの勢いに押されて、ユーゴは正直に答えた。


「クラウが、そこの彼女が討伐しまして」

「なんですと!? では他の素材は! 魔石や心臓はどうしましたッ!?」


 フーリスは目の色を変えてユーゴに詰め寄った。


「素材はありますけど……一応」


 返事を聞いてフーリスが倒れるようにソファに腰を落とす。目を閉じて深呼吸してから、改めてユーゴの方へ身を乗り出す。


「ある? どこに!? あっ、もしやマジックバッグをお持ちで!? なるほど……是非! 是非買い取らせてもらいたい!」


 食いつき方が半端ない。


 クラウがあっさりと倒してしまったから、そこまで大ごとになるとは思っていなかった。さすがに弱い奴だとは思わなかったが、意外とたいしたことはないのかななんて思っていた。牙だってメインの大牙ではなく、小さい方のを出したのだ。


 だがフーリスの反応を見て、ユーゴは『転移者あるある』をやらかしてしまったと悟ったのである。

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