第3話 ドリル&ミサイル

 この世界で目覚めてから三日。少年はクラウの馬で空を駆け、人の住む町を見つけた。


 町の名はエークというらしい。古びた小さな町だが、魔物を警戒してか防壁に囲まれている。


 入口には門番の兵士がいるが、朝から列ができるほど出入りする人数が多い。そのためか、たいしたチェックもなく普通に入れるようだ。


 少し離れたところで馬から降り、徒歩で町に向かった。馬はクラウの装備品扱いらしく、出したり消したりは自由だった。門前についた二人は、大人しく列に並ぶ。


 日本で生まれ育った覚えはあるが、少年には自身についての記憶がなかった。デュラハンの由来や、ゲームやラノベの知識は覚えているのに、自分の名前や家族、友人に関する記憶がさっぱり抜けている。


 クラウに名前を付けた後でそれに気づいた少年は、自分の名前も決めねばならなかった。


 少年は、直感でユーゴと名乗ることにした。直感だけに、元の自分とつながっていると信じておく。


 ここは明らかに日本ではないし、いわゆる異世界転移とやらなのだろう。原因は全く不明。幸い頼もしい守護者がいる。前向きに生きるべきだと思って人の住む町を探した。


 この世界のことはよく知らない。クラウも知らなかったので、町についたら色々と情報を集めるつもりだ。


 戻れるかどうかはわからない。何せユーゴの外見は日本人からかけ離れてしまっているのだ。


 髪は真っ白になっていた。目の色はグレイで、顔立ちもハーフっぽい。記憶がないので見覚えがないのも当然かもしれないが、違和感はぬぐえなかった。


「まあ、日本人顔で目立つよりはいいかもな」


 周辺の人を見る限り、外見的には現地に溶け込んでいる気がする。彼らの会話も聞き取れるので、言葉で苦労せずに済みそうだ。


 ステータスが見えることで自分がいくつかのスキルを持っていることはわかったが、まだ検証は十分ではない。とにかく人恋しかったので先に町へ来てしまった


「クラウ。くれぐれも首に気を付けてね」

「む……あまり締めると苦しいのだが……努力する」


 丁度その頭一つ分高さの違う守護者をユーゴは見上げる。黒い全身鎧のしかるべき位置に首を乗せ、継ぎ目は黒い布で覆っている。腰には剣を下げ、こうしていればただの女騎士。問題ないはずだ。


「……いや、問題はあるな」

「私に問題が?」

「美人すぎる」


 ユーゴが真面目くさって言うと、クラウはぱっと頬を染め口元を緩ませた。白い指が羞恥を隠すように頬を抑える。


 その途端にチラチラとこちらを見ていた男たちが目を見開いてガン見し、うち一人は鼻を押さえてのけぞった。


「その、主に好ましく思われるのは私としても願ってもないことであって」

「あの時はごめん。ちょっと色々と精神的に余裕もなくてさ」


 初対面の時に主を怯えさせてしまったことは彼女としてもショックだったようで、ことあるごとにユーゴに忠誠をアピールしてくる。


「もう気にしないで。クラウは俺の大事な剣なんだから」

「くっ……主の信頼が嬉しいッ……!」

「クラウ、首っ!」


 クラウが体をくねらせたため、バランスを崩した首の位置がズレそうになってユーゴは慌てた。言われてクラウが頬を押さえて向きを直す。


 ちょっとポンコツの気配がする。森を抜けてここへ来るまで、襲ってきた魔物を鎧袖一触にした実力は間違いないのだが。


「何か冒険者っぽい人が多い気がする。近くにダンジョンでもあるのかな」


 ユーゴが独り言ちると、たまたま門から出てきたグループの一人がそれを聞きとがめた。


「そうだよ。最近見つかったばかりのダンジョンがあるんだ。知らずに来たのかい?」


 快活に話しかけてきたのは二十歳くらいの若いイケメンだった。ローブ姿に杖。ザ・魔法使いという格好である。皮鎧だのブレストプレートだのを着た男たちが近くにいるので、多分冒険者なのだろう。ただその中にあってやたらと爽やかというか育ちが良さそうというか。


「ええと、田舎から出てきたばかりで、町に来るのは初めてなんです」

「おや、そうだったのか。エークへようこそ」


 若者はにっこり笑って付け足した。


「ダンジョンのおかげで町は賑わっているけど、その分トラブルも増えてしまっているから気をつけて。門番に訊ねればちゃんとした宿を教えてくれるはずだよ」

「御親切にどうも。聞いてみます」


 人がいいのかお節介なのか。だがありがたい助言をもらったのでそうしようとユーゴは思う。


「ガライ。もうすぐ馬車が出ますわよ。早く行かないと」


 女の声に若者は振り向いた。ユーゴもつられてそちらを見る。


 門の近くに馬車の停車場があり、そこに何台も馬車が止まっていた。冒険者らしい男女が次々と乗り込んでは出発していく。その停車場の前で、若者に向かって手を振る大変目立つ少女がいた。


「ごめん、リース。すぐ行く。……じゃあ、よい滞在を」


 若者はユーゴに挨拶して少女の方へ駆け寄る。それに無意識に会釈を返しながら、ユーゴは思わず呟いた。


「……金髪ツインドリルミサイル……!」


 すらりとした美少女は、その筋でドレスアーマーと呼ばれる装飾性の高い防具を身につけていた。頭の左右、高い位置で結ばれた金糸の髪は、それは見事にくるくると巻いている。そして鎧からはみ出しそうな、これまた立派な双つの誘導兵器をお持ちだった。


 彼らはすぐに馬車に乗って行ってしまった。


「主。それはどういう意味だ?」

「えっ? えーと、それはですね……」


 クラウの手が肩に置かれる。我に返ったユーゴは、説明に四苦八苦することになった。

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