第2話 森の中には恐竜がいる
確かに「誰か助けて」とガチで祈った覚えはある。だが召喚と言われるとなんだか魔法だの儀式だのを想像してしまう。
とりあえず眼前には間違いなく超自然的な存在がいる。少年は周囲を見回した。木々の見分けがつくほどアウトドア派ではなく、森だとしかわからない。
できれば日本、せめて地球であってほしいが、もしかすると異世界だったりするのだろうか。自分に召喚能力がなかったことは確信できる。となれば、ラノベ的展開でもなければそんな力は得られないと思う。
「本当に? 俺が?」
「御自分で確かめられよ」
目を合わせる高さに首を捧げ持ったデュラハンに言われて、少年は考え込んだ。
確かめるといえば転移・転生もので定番のステータスだ。魔法だったり魔道具だったり、あるいは単純にシステムだったりするが、個人の能力やスキルなどをゲーム的にはっきり確認できる。
「ステータス……」
幸い、謎呪文的なものは必要なかったようだ。自分に意識を向けると目の前にヴァーチャルウィンドウ的なものが浮かび上がった。
レベル:1
MP:100
テリトリー化
召喚(不可)
構築(不可)
アイテム生成(不可)
ストレージ
守護者:デュラハン
「おおっ」
なるほど、確かに眼前のデュラハンは、自分の守護者であるようだ。お馴染みのSTRやVITといった身体的数値はないが、レベルとMPはある。その下はおそらく保有スキルなのだろう。
とにかく召喚スキルもあった。「不可」と表示され文字が暗転しているのは、何らかの条件が欠けているのかもしれない。例えばレベルで召喚数の上限が決まっているとか。
「ええと、君はいつまで召喚されたままでいられるの?」
気になって少年は聞いた。こんなわけのわからないところで一人になりたくない。
「ずっとだ」
「はい?」
「ずっと、存在する限り主を守り続ける」
「なんか言い方が重い……」
へにょんと女騎士の眉が下がった。体ごとうつむく。
「……私は、必要とされていないのだろうか」
「ああ、いや、違う! 違うんだ! 何というか、もっと気楽に……」
うつむいていたデュラハンがばっと顔を上げた。
「主!」
デュラハンが少年の腕をつかみ、抱き寄せて後方へ跳んだ。少年を背後にかばう。
「何?」
少年が驚いて見ると、向こうから重い足音が近づいた。木々の間から、ぬっと鱗に覆われた爬虫類の顔が現れる。遅れてその木をへし折って胴体が進んできた。力強い後ろ脚で立ち、前足は体に比べて小さい。
「Tレックス!?」
それは少年の知る恐竜によく似た姿をしていた。ただチロチロと口元からのぞいている赤いものは、舌ではなく火であるところがファンタジーだ。
「もし主が我が力をお疑いなら」
「え?」
「今ここで証明しよう。ご覧あれ!」
見上げるような大型の陸竜。明らかに肉食。それに向かって大剣を手にデュラハンが駆けた。
Tレックスもどきが咆哮する。体をひねり、尻尾を横薙ぎに振った。巻き込まれた木がバキバキと折れ飛ぶ。
デュラハンは大剣を盾のようにして尻尾の攻撃を防いだ。
「わっ!」
少年の方に木の破片が飛んできたが、デュラハンの馬がかばう。馬鎧に弾かれて破片は地面に突き刺さる。ちらりとこちらを振り向いたデュラハンが、にこりと笑った。
「危ない!」
Tレックスもどきが口から火球を吐くのを見て、少年が叫んだ。デュラハンは自分の身長ほどもある剣を片手で構え、振り下ろす。火球が真っ二つに切り裂かれた。
デュラハンはそのまま前へと突き進んだ。ためらうことなく敵の懐に踏み込む。さっき斬り下ろした大剣が、今度は上へと斬り上げられる。明らかに両手で扱う武器だが、重さを感じさせない動きだ。
一瞬のうちにTレックスもどきは顎下を切り裂かれ、派手に血をまき散らした。そのまま地響きを立てて前のめりに倒れて動かなくなる。
少年は言葉もなく突っ立ったままだった。まるで映画でも見ているようだ。こんな生き物が地球にいるわけがない。やっぱりここは異世界の可能性が高い。
デュラハンは背に剣を収め、こちらを振り返った。微妙に不安そうなのが、主に褒められるのを待っている忠犬を思わせた。
「凄いや」
少年は素直に褒めた。象より大きいTレックスもどきを瞬殺したのだ。見事な手際だった。
「これで少しは信用してもらえるだろうか?」
「最初から俺には君しか頼る相手はいないよ」
それを聞いたデュラハンは、ぱっと表情を明るくした。考えてみれば召喚主あっての召喚モンスター。ラノベでよくある奴隷なんかより、主の存在は重いのかもしれない。
「そうだ、名前は何て言うの?」
「名前、は……」
彼女は抱えた手の上で首を振った。
「じゃあ、クラウ・ソラス。どうかな?」
これから長い付き合いになるだろう彼女に、名前がないのは不便だ。デュラハンの伝承地つながりで、神話の剣の名を少年は口にした。騎士にはふさわしいだろう。それに響きが綺麗だ。
「あ、るじ……ッ……!! 名をいただけるのか……!」
大きく目を見開いた女騎士は、少年の前に跪いた。
「よき名をかたじけない。これより私はクラウ・ソラス。末永く主に仕えよう」
そういえば名付けが特別な意味を持つというのもファンタジー小説ではよくある設定だ。だが別に負担を感じることもなく、精神的パスがつながったような気もしない。
一応ステータスを確認してみたが、MPも減ってはいなかった。ただ、一部が書き変わっていた。
守護者:クラウ・ソラス/デュラハン(ネームド)
やはり何か意味があるのかもしれないが、今のところはわからない。少年は「ま、いいか」と気にするのをやめた。
「これからよろしくね。クラウ」
「お任せあれ」
立ち上がったクラウは、愛おしげに少年を抱きしめた。固い甲冑の胸で、首だけ横に添えられた少年は呆気にとられていたが、やがて半笑いを浮かべた。
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