異世界のダンジョンで目が覚めたらデュラハンの嫁ができたようです。
踊堂 柑
第1話 目が覚めたら崩落
そこは誰も訪れることのない秘境の地。深い森に囲まれた山一つを支配する広大なダンジョン。その最奥。
そこへ至るには数多の魔物を退けねば叶わず、また先の見えない迷路を長い時間をかけて踏破しなければならない。
そんな未知、未踏の石室にひとつ、一抱えほどもある宝玉が輝いていた。
その輝きが、大きく揺らめいた。宝玉の輪郭が、形が波打つ。空間が歪んでいるのだ。時空が裂け、魔力が渦を巻いて石室の中を荒れ狂った。
それは、偶然が裸足で逃げ出すほどにあり得ない確率の事象だった。
少年は石室の真ん中で目を覚ました。
「あれ……ここ、どこだ?」
ぼんやりと周囲を見回す。薄暗い、あまり大きくない部屋には他に人の気配はない。
「学校から帰って……ゲームして……あれ? なんでこんなとこに?」
何だか体の感覚がおかしい。どこかふわふわして、ぼんやりした感じだ。例えばいつかの正月に、間違って酒を飲んでしまった時のような。
ぐるりと見まわすと傍らには何かの台座のようなものがある。そこは空っぽで、他に目ぼしいものはない。
ぺたぺたと手で自分の体を確かめる。着ているのは凝ったデザインのシャツとジャケット、ズボンと靴。どれも着慣れたものではなかった。正直に言えばゲームアバターのコスプレっぽい。
「見覚えない……なあ」
首を傾げながら少年は立ち上がり、一つだけある扉に手をかけた。とりあえず自分がどこにいるのか確かめなければ。
すると突然ぐらりと床が揺れた。
「地震!?」
石室がぴしりと音を立て、壁にひびが入る。天井から石のかけらが落ちるのを見て、少年は慌てて体当たりするように扉を開けて外へ出た。
「洞窟!?」
部屋と違ってそこはざらざらとした岩がむき出しの穴だった。まだ揺れは続いている。壁につかまりながら、とにかく外へ出ようと少年は急いだ。
あまりうれしくない音がさっきからやまない。壁や天井から岩の破片が落ちてくる。少年は必死に走った。
「どっち行けばいいんだ!」
洞窟は途中で枝分かれしていて、外に出るルートがわからない。時間はなさそうだ。勘に任せて走るしかない。だが、そこでひときわ大きく床が揺れ、壁と天井に亀裂が走った。少年はバランスを崩して転んだ。
はっと顔を上げる。天井が崩れ、岩が落ちてくる。もう避ける暇はない。
死ぬ? そんなの嫌だ。嫌だ、嫌だ!
「助けて……ッ!!」
少年は全力で助けを願った。この事態を何とかしてくれる誰かを。ここから自分を救い出してくれる誰かを。絶対的な守護者を求めた。
巨大な岩が視界を覆いつくした直後、それは粉々に粉砕された。
「え――――」
驚く間もなく誰かに抱え上げられる。轟音に思わず目を閉じ耳をふさぐ。少年は誰かに連れられて、土砂の中を上へと上がって行った。
右に左に落石を避けながら、少年は運ばれていく。耳に入ってくるのは馬蹄の音のように聞こえた。すれ違う土や岩が下方へと流れ去って行く。
まぶたに当たる光に目を開けると、はるか眼下に森が広がっていた。その中で山が一つ、雪崩のように崩れ、地面が陥没していく。周囲の木々が倒れ、土に飲み込まれていった。
あんなのに巻き込まれていたら確実に死んでいた。ぞっとしたが今無事でいることに安心する。
「あれ……?」
呆然とそれを眺めていた少年は、自分が空中にいることに気付いた。崩落を俯瞰で見ていたのだから当然だ。少年はうつ伏せに鞍に乗せられており、馬は何もない空中を踏んで走っている。
「怪我はないか? 主」
耳元で女の声がして、少年は振り向く。
すぐ横にあったのは女神の如く美しい女の顔。真っ白い肌をして、金の髪を編み結い上げている。蒼氷色の瞳と目が合うと、彼女は薄く笑った。
一瞬固まった少年は、そこが空中であることも忘れて絶叫した。
「うぎゃあああああああっ!! 首っ、首ィいいいッ!」
ずり落ちそうになった少年を急いで拾い直し、女は戸惑ったように表情を曇らせる。
「その反応はちょっと傷つく……」
黒馬にまたがる全身鎧の騎士には頭部がなかった。かわりに片手で女の首を抱えていたのである。それが丁度、鞍に乗せられていた少年の横顔を見つめる位置だったのは偶然だ。
崩れた山から少し離れた草地に馬は着地した。女は丁寧に少年を地面に降ろし、自分も馬から降りた。
堂々たる赤いたてがみの黒馬も、女騎士も、漆黒の鎧を纏っていた。某有名オンゲの闘神を思わせるビジュアルは大変カッコイイ。中身も秀麗な美女である。だが小脇に抱えた首が微笑む姿はシュールとしか言いようがなかった。
少年はその特徴的な外見を持つ存在を知っていた。
アンデッドに分類されることもある、死を予言し、命を刈る首なし騎士。ぶっちゃけ予告つきの死神だが、これでも本来は妖精だったりする。
「デュラハン……」
少年が呟くと、女は笑った。
「その通り。何だ、ちゃんと私を知っているのではないか」
黒衣の女騎士は、へたり込む少年の前に跪いた。
由来通りなら首なし騎士は死ぬ運命の者の前に現れる。姿を見られるのを嫌がり、見た者の目を潰すという物騒な伝承もある。
一年後殺すために今は助けた、なんてことは。
あらぬ想像をして少年が戦々恐々としていると、彼女は胸の前に首を持ち上げて言った。
「召喚に応じ、馳せ参じた。これより貴方の守護者となろう。どうかご安心を」
「え……召喚? 俺が、君を?」
戸惑う少年に美しきデュラハンは抱えた首で器用に頷き、にっこりと笑った。
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