第2話
そのまま俺は、彼女と朝を迎えた。
そして、その後も彼女と付き合うわけでもなく、身体だけの関係が一ヶ月程続いた。はっきり言ってネットワークビジネスがなんなのかわからない。 彼女は看護師をしていた。金はあっても時間に拘束され、金を使う所がない。そこでマッチングアプリで出会った元カレと付き合い、彼の「お手伝い」をしていたそうだ。だからネットワークビジネスの製品を買ったり、休みの日に予定を埋めるためにネットワークビジネスを行っていた。ようは、彼女にとってのネットワークビジネスは、「ビジネス」ではなく、「有り余り、使い方のわからない財力の使い道と、どこかに「所属」し自己肯定感や承認欲求を満たす為の習い事やサークル活動」の様なものだったそうだ。
ある日、俺はなんとなく彼女に「ネットワークとはなんなのか?」と聞いてみた。彼女は、俺にマーケティングというものを聞かせてくれた。
製品は会員しか購入出来ない。製品を買ったり売ればポイントが入る。だから誰かに製品を紹介をして買ってもらうか、会員になってもらい個人で製品を購入してもらう。
ちなみに、客に会員になってもらうと、そこは「チーム」となるそうだ。
誰かが自分から製品を購入したらポイントを折半。まさしくねずみ講だ、と俺は思ったが、彼女は淡々と説明した。
「でもさ、コンビニでも薬局でも製品を仕入れて販売してるでしょ?それと同じ事よ。どこから仕入れたの?どこから買ったの?製品だって単なるブランドチェンジ。ポイントカードなんてどこにでもあるじゃない?会員制のスーパーだってある。それと同じ事。」
俺は思わず納得した。彼女の家に出入りしている内にシャンプーやトリートメントや化粧品等を借りる事になる訳だが、確かに良い製品だという事はわかる。サプリメントやプロテインとかもたまにもらったり、冷蔵庫の中にはエナジードリンクやら、他にもお菓子や調味料まで、全てネットワークビジネスの会社の物らしく、料理が苦手な割に鍋やら包丁やらミキサーやらコンロまで充実していると思ったら、これもまたネットワークビジネスの会社のものらしい。なんだか怖い通り越して「凄い」とまで思った。
「結局は流通。例えば洋服とかは流行とかあるでしょ?飲食店は食材の仕入れと賞味期限がある?でも日常品は消耗品なの。つまり消耗するから一度使ってしまえばそのままリピートして流通する。だから潰れないし、広めていけば大きくなる。」
それから一年後、彼女には恋人が出来た。そして、ネットワークビジネスをやっている事がバレたくない、と別れを切り出された。
別れも何も、そもそも俺達は付き合ってもいなかったのだが。
別れの最後の日に、彼女の家のネットワークビジネス製品の買い換えの買い物に付き合っていると、彼女から全ての製品を譲渡する、と言われた。最初はふざけんな、と思ったが、この一年半、彼女にはよくわからないネットワークビジネスのイベント動向させられ、彼女の家で謎のパーティーが開催され、その都度手伝わされていた俺は「マケ」というビジネスプランを聞いていたり、製品紹介「デモ」というのもやらされていた。
俺は、なんとなく彼女がネットワークビジネスの会員を辞める前に、会員登録した。
これが俺のネットワークビジネスでの他の奴とは違う成功ポイントの一つ目。
「アップライン」という上司に当たる人間が俺にはいなかった、という事だ。
ポイントは折半制または、誰かが製品を買ってもポイントがチーム内での共有。だからネットワークビジネスは上が儲かり、下は儲かりづらい、と言われている。もちろん上司がビジネスをしなければ、下からのポイントは流れてくるものの、本人が頑張ればその分自分に「部下」や「客」が出来るわけだからポイントは上司よりも多くなる、という訳。だからネットワークビジネスは、ねずみ講と言われる。
年上で財力のある女性との一年半。デートは、ほぼネットワークビジネス絡みが多かったからか、彼女がデート代やその食事代を出してくれていて、しかも小遣いまで俺にくれていた。そう、世間からすれば俺は「ヒモ」だった。でも俺は彼女にそれを望んでいた訳ではないし、向こうが勝手に罪悪感だか背徳感からか知らないが、勝手にやってくれていた事だ。
彼女との一年半の生活で、俺はバイトと彼女との時間以外は基本ギャンブルをしていたのにも関わらず、貯金はかなり貯まっている。
しかし、独り身となった俺は、とりあえずその日の性欲と喪失感を埋めるためにマッチングアプリに登録した。
年上の金と性欲持て余してる女性とばかり出逢い、その都度「仕事は何してるの?」と聞かれる。「ネットカフェのフリーター」だけだとなんとなくカッコつかなので、やってもいないのに「フリーターやりながらネットワークビジネス」と答えていた。
それを女性達は何故か「いつか起業する為にフリーターやっている野心家なのね」と、勝手に勘違いしてくれて、ネットワークビジネスの話を聞いてくる。その都度なんとなく俺はマケを説明する。それで彼女達は、純粋に製品が好きになったり、マケに納得してビジネスに目覚め副業したくなったり、俺ともう一度会う口実の為に製品を俺から購入してくれたり……。
そんなこんなで俺はそこから半年後、アップラインがいない分、全てのポイントが自分とフロントの折半か、彼女達がビジネスを頑張ってフロントを増やして広めてくれていたおかげで下から入ってきていたポイントで知らない間にネットワークビジネスの本社でのイベントでスピーチを依頼されるランクの会員となっていた。
スピーチ内容は、「ビジネスとの出会いと、やり方と成功して変わった事」だ。
とはいえ、ビジネスとの出会いは酔っ払った女性の介抱からのヒモ生活だし、やり方はさみしい女性が勝手に勘違いして頑張ってくれていたお陰だし、変わった事はシフト削って前より沢山の女性と会って相変わらずギャンブル楽しんでる生活……というゲスの極みでしかない。後に知ったのだがこれは「ヒモ」だけではなくて、「ママ活」ともいうらしい。でもまあ、よく彼女達に「マケが説明出来ない」「デモが出来ない」と、駆り出され代行したり、直接教えたりしていたから、「ヤル」だけじゃなくて、「やる」事はやってはいたのかな。
本社からの依頼の手紙を読んでもよくわからなかった俺は、とりあえずスーツで本社へ行き、隠す事もなくスピーチをすると会場は笑いに包まれ、最後はスタンディングオベーションの拍手の嵐だった。
正直かなり緊張していた。
フリーターで社会人経験のない俺。
スーツ姿の俺はまるで就職活動に来た学生みたいなのに、周りは良いスーツや私服でもお洒落な人間ばかりだった。
そう、俺は場違いで、ただただ無難な格好で会場へ行った。だからその場を凌げただけだった。
生まれて初めて大勢の人の前に立って認められた充実感と優越感。
しかし、「ひとり」という孤独感と、世間と現実と、自分の社会的モラルのギャップへの焦り。
俺の心境は、とてつもなく荒れていた。
その時に、短髪でサーファー系でグレーのスーツを着た四十代くらいの男性のスピーチが始まった。スピーチの内容は正直頭に入ってこなかった。ただその人が格好良くて、この世界で俺よりもはるかに成功している……それだけで充分だった。
「この人みたいな成功者になりたい。」
心からそう思った。
俺は、その人のスピーチが終わった後に彼の元へ走った。
彼は俺にこう言った。
「正直、皆同じに見えるんだ。着飾ったり、胡麻吸ったりするからね。でも君は等身大過ぎて、逆にインパクトあって面白かった。」
俺は、恥ずかしくも、嬉しかった。生まれて初めて「この人の様になりたい」と、人への憧れの念を覚えた。
俺はその思いを彼に伝え、連絡先を交換させてもらった。
これが俺の成功ポイントの二つ目。
憧れの上司を見つけられた事、だ。
フリーターからの転機。ヒモからの快進撃。しかし、マーケティングプランやデモの手際の良さ。
そして、その後もたくさんのイベントに呼ばれては、スピーチをさせられた。
ただの地方から出てきたギャンブル好きのフリーターヒモ野郎のサクセスストーリーは、ネットワークビジネス界で少しだけ有名となり、他のネットワークビジネス社でもスピーチを依頼される様になった。
その中でも、大物アーティストがコンサートをする様な大きな会場でのスピーチは忘れられない。
その日、俺の誕生日が近い事から、サプライズで会場が暗転し約五千人からの携帯電話でのライトアップしてくれた。本当に綺麗だった。今日始めて俺を知ったであろう人でさえ、ライトをつけて祝福してくれたのだ。
単なる一般人の俺が、一瞬だけ見えて触れられた華やか過ぎる世界だった。
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