200話―魔導都市メリトヘリヴン

 古びたリフトを使い、アゼルたちは一気に穴の底へと降りていく。リフトの降下速度がかなり速いため、あっという間に下に到着した。


「……ようやく、戻ってくることが出来たな。だが、油断は禁物だ。皆、気を付けろ。そこかしこからケモノの殺気が漂ってきているぞ」


「油断すれば、あっという間に食い殺される。死角を作らぬよう、固まって移動しよう」


「分かりました。なら、ぼくに任せてください。サモン・スケルトン……あれ? フェルゼさん、スケルトンが出せませんよ?」


 警戒担当が必要ならば、とアゼルはスケルトンを呼び出そうとする。が、何か様子がおかしい。どれだけ魔力を込めても、スケルトンが現れないのだ。


 アゼルは内心、前にも似たようなことがあったなぁと思いながらフェルゼに問いかける。すると案の定、こんな答えが返ってきた。


「ああ、済まない。街の出入りを出来ないようにする封印は解けたが、召喚魔法を禁ずる封印は解けなかった。エルダ様が強固な封印をかけたのだろうな」


「あー、やっぱり……たぶんそうだろうなぁ、とは思いました」


「たたでさえ鎖のケモノどもがはびこっている状況だからな、さらなる厄介事を抱え込まないための処置だろう。済まないな、アゼル。苦労をかける」


「いえ、いいんです。スケルトンが呼べなくても、ぼくたちで注意すればいいんですから。さ、行きましょう」


 出来ないものは仕方がないとあっさり割り切り、アゼルは先に進もうと促す。フェルゼは頷き、炎の槍を呼び出し明かりを灯した。


「ここを真っ直ぐ進めば、かつての大通りに出る。地形が変わっていなければ、そのまま直進すれば研究所にたどり着く」


「うわー、改めて見ると……真っ暗でじめじめしてるぅ~。ケモノだけじゃなくて、お化けも出そう……」


「ハッ、何を言う。神が幽霊を怖がってどうする。それに、お化けなら隣にいるだろう。ま、霊は霊でも闇霊ダークレイスだが」


「ケッケッケッ、うらめしや~、ってか? 安心しろ、呪いやしねえ……って無視すんなてめぇら!」


 お化けの真似をしてふざけるゾダンをスルーし、アゼルたちはリフト乗り場を出てメリトヘリヴンに足を踏み入れる。


 嫌な匂いの空気と、金属が擦れる音が一行を出迎えた。どこからともなく、複数の鋭い視線が送られてくる。歓迎の用意は、出来ているようだ。


「アゼル、気を付けろ。さっそく、ケモノどものお出ましのようだ」


「分かりました、リリンお姉ちゃ……そこっ! てやあっ!」


「ぎぃああぁぁぁ!!」


 肌を突き刺すような敵意が膨れ上がるなか、暗闇の中を縫って何かが接近する。闇の中で爛々と光る双眼を頼りに、アゼルはヘイルブリンガーを振るう。


 硬いモノが割れるような音が響くと共に、アゼルは手応えを感じた。


「明かりの範囲を広げるぞ、このままでは戦いにくいからな。ハッ!」


「わっ、まぶし!」


 フェルゼが炎の勢いを強めると、襲撃者の正体が明らかになる。キツツキのような頭部を持つ鳥型の鎖のケモノが、地に落ちていた。


「うわ~、気持ちわる~い。目玉がギョロギョロしてる……鎖のケモノって、こんなのばっかり~!」


「仕方あるまい。しばらくすれば嫌でも慣れる。これからたっぷり、ケモノどもと戦わねばならぬのだからな!」


 既に絶命したキツツキ頭のケモノに嫌悪感を示すメレェーナに、フェルゼはそう声をかけつつ槍を頭上に掲げる。


 すると、アゼルたちの頭上を音もなく飛び回っていた鳥型のケモノたちの姿があらわになる。研究所に向かう前に、害鳥を駆除しなければならないようだ。


「皆、いきますよ! ケモノ駆除開始です!」


 アゼルの叫びを合図に、戦いが始まった。



◇――――――――――――――――――◇



「感じる……この気配……。リリンと、フェルゼ。あの子たち……無事だったのね」


 同時刻、研究所の最下層。数千本の鎖を束ねて作られた大樹の中に、一人の女性が閉じ込められていた。


 リリンやフェルゼたち封印の巫女の師、聖戦の四王が一人エルダだ。弟子たちの気配を感じ取り、微笑みを浮かべる。


『これは喜ばしい。あの時、貴様のせいで捕らえ損ねた最後の巫女どもが戻ってきたとはな。奴らを取り込めば、我はようやく完全体となれる。楽しみだ』


 直後、鎖の大樹が愉快そうに揺れ、エルダの脳内に声が響く。全ての鎖のケモノたちの産みの親にして、悲劇の元凶――鎖の苗床のものだ。


「ふふ、それは不可能ね。苗床よ、お前の望み通りに物事が進むと思っているのならば……ムダなこと。あの子たちを取り込むことは決して出来ない」


『何故そう言い切れる? 千年前のあ奴らの無様な姿を、忘れたとでも?』


 不敵な笑みを浮かべるエルダに、苗床は不機嫌そうに語りかける。姉弟子や師を救えず、メリトヘリヴンから逃げ落ちることしか出来なかった二人を嘲笑う。


 だが、エルダは嘲りの感情に満ちた苗床の言葉など気にも留めない。二人が戻ってきた理由が、エルダには分かっているからだ。


「忘れてなどいないわ。でもね、あの子たちが何の勝算もなくメリトヘリヴンここに戻ってくると思う? 見つけたのよ、私たちを救う、希望の灯火を」


『ク、フハハハハハ!! 貴様らを救う希望だと? つい先ほど、我が子らを滅した子どもか? 貴様の目も曇ったな、闇縛りの姫よ。奴はここにたどり着くことは出来ぬ、決してな』


 苗床は大笑いしながら、己の枝を一つ切り落とす。地に落ちた鎖の枝は形を変え、半人半馬のケモノへと変貌する。


 アゼルたちが自分の元に到達することがないよう、刺客を差し向けるつもりなのだ。苗床は産まれ落ちた我が子に、命令を下す。


『人頭馬のケモノよ。我が安寧を脅かす愚者どもがこの地に足を踏み入れた。汝の堅き蹄と拳で、愚者たちを滅するのだ』


「お任せを、母上。貴女様の安らぎは、私が守り抜いてみせましょう」


 人頭馬のケモノはそう言うと、背を向けて走り出す。軽やかに壁を翔び登り、地上へ向かった。


『姫よ、今一度貴様のいだいた希望の火を吹き消してくれよう。貴様の顔が絶命に染まるのが、今から楽しみだ』


「ふふ。そう上手くいくかしら? お手並み拝見としましょう。ムダなことだと思うけれどね」


 強がりでもなんでもなく、エルダは自然体でそう答える。リリンとフェルゼ以外の者たちの気配も、彼女は既に捉えていた。


 故に、彼女はすぐ気付いた。アゼルの中に、凍骨の炎片が宿っていることに。かの少年こそが、リリンたちの切り札なのだと。


(創命の女神よ。無力なる姫の願い、どうか聞き届けてください。愛しい我が巫女たちが、どうか……無事、ここまでたどり着けますように)


 思うような反応が得られなかった苗床は、ふてくされて眠りに着いたようだ。静寂のなか、エルダは一人祈りを捧げる。


 彼女の祈りが届くかは……まだ、誰にも分からない。



◇――――――――――――――――――◇



「グルァァァァァ!!」


「ムダですよ、どこから来ても……動きは全部見えてます! 戦技、アックスドライブ!」


「ゲギャアアァァ!!」


 アゼルたちはケモノの群れを撃滅しながら、大通りを進む。空からはキツツキ頭のケモノが、地上からはヤギの頭部を持つケモノが襲ってくる。


 だが、熟練の戦士であるアゼルたちの前にはどれだけ数が揃っていても無意味。次々と薙ぎ倒され、屍の山が築かれていく。


「なんだ、こいつらてんで弱いじゃねえの。さっき戦った獅子とサイの方がよっぽどつええな」


「貴様は戦ってないだろうが、ゾダン! 獅子頭のケモノが強かったのは、獲物を捕食したからだ。こいつらは言わば寝起きの腹ペコ状態。弱くて当然だ」


 上空から襲いかかってくる鳥型のケモノの群れを切り刻みつつ、ゾダンは余裕たっぷりに笑う。リリンはケモノを鞭で打ち据えながら、そう答える。


「じゃあ、今回はあんまり手間取らずに済みそうだね! よかったぁ~」


「いや、気を抜くな。私たちが戻ってきたことは、もう既に苗床も察知しているはずだ。強力なケモノを産み落とし、差し向けてくるだろう」


「んんん~、ご安心を! そうなってもいいよう、ここからはこのワタシがお供しましょうぞ! パ~ッション!」


 その時だった。遥か上空から、何者かの声が響く。直後、巨大な絵筆を持った男がアゼルたちの前に落ちてきた。


 当然、彼らと戦っていたケモノたちは踏み潰されぺっちゃんこにされる。突然の乱入者に、アゼルたちは一瞬思考が固まった。


「な、何だお前は!? どうやってここに……いや、何であの高さを落ちて平然としているんだ!?」


「んんん~、マドモアゼル、質問は一つずつにしていただきたい。ま、全てお答えしますがね。まずは名を名乗りまショウ。ワタシはポルベレフ! ラ・グー様のしもべ、新進気鋭の! スぅ~パ~! アーティスト!」


 無事メリトヘリヴンに入り込んだアゼルたちだったが、受難は続きそうだ。

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